1.従来からある「数多くの顧客とのコンタクト」
数年前からビッグデータの活用が、企業の間で広まっています。インターネットを初めとしたICTを利用して、数多くの顧客データの解析からマーケティング等の事業展開に利用するものです。もちろんビッグデータの活用は、データ処理技術の進化と普及によって実現されましたが、「数多くの顧客データ」の利用という面では従来から行なわれてきたことです。
例えば、婦人下着メーカーであるワコールは、50年前の1964年から女性の体型の実測データを収集し、現在では4万件以上のデータを保有しています。その中には、同一人物の30年間の体型の変化なども含まれています。同社はそれらの有用なデータを、製品開発に活用しています。
フィンランドの天上走行クレーンのメーカーは、保守サービス事業にも積極的に取り組んでいますが、保守対象クレーンの中で、自社製のクレーンは2割にすぎず、その他8割は他社の製品を対象としています。同社は、これら他社の製品を含めたクレーンの日々の保守から得られるデータを、製品開発に活用してきた結果、高い新製品比率を実現しています。
シマノは米国進出後に、自社製品のアフターサービス、クレーム処理、製品紹介、修理の手伝い、情報収集を目的として、若手社員を2人一組みにして、自転車部品を積んだステーションワゴンで3年間を掛けて、全米に散らばる6000もの自転車店を訪問させました。その結果、誰もが目をみはる「業界通」になり、そこで集めた情報、経験はその後の製品開発に大いに活用されたのです。
2.「数多くの顧客とのコンタクト」による効果
以上の企業のように、必ずしも最先端ICT技術がなくても、もしくは全くICTを利用しなくても、数多くの顧客とコンタクトし、そこから有用なデータや情報を入手することは可能です。そこからは、次のような効果を実現することができるようになります。
(1)市場を俯瞰
数多くの顧客のデータや情報によって、市場の全体像を俯瞰して見ることができます。市場の全体像を捉えることで、ニーズの場所や規模、分布、原因や流れが見えるようになり、更には市場を「感覚」として捉えることが可能になります。
(2)タイミングの良い意思決定
コンタクト先の顧客数が多ければ、それだけそこから導きだされる結論や仮説の信頼性は高まります。それによって、果敢な経営上の意思決定をタイミング良く、自信を持って行なうことができます。
(3)ニッチなニーズの発見
「イノベーションのジレンマ」の著者であるクリステンセンによれば、新しいニーズは市場の辺境から生まれることが多いそうです。多くの顧客にコンタクトすることで、隠れたライトハウスカスタマーを見つける可能性が高まります。
3.「数多くの顧客」とは?
上のワコールの例では4万件、クレーンメーカーの例では数十万件、シマノの例では6000店であり、対象顧客はかなりの数にのぼります。これだけのデータを集めるには、いくら最先端のICTを使うにしても、すぐに効果を享受することは難しいでしょう。
しかし、それだけ多くのデータでなくても、それなりの数のデータでもなんらかの傾向はつかめるものです。例えば、B2B製品の場合であれば、一桁の数の顧客データ・情報を横串で見ることで、いままで見えなかったことが相当良く見えるようになります。そして傾向の仮説さえつかめれば、それを検証することができるようになります。
4.「数多くの顧客とのコンタクト」と模倣困難性
近年では、他社と同じような活動をしていては、他社製品と差別化し勝てる製品を開発することは困難です。同じようなデータや情報で判断すれば、同じような製品になる可能性は高いでしょう。たとえ他社より先に市場投入できたとしても、他社が直ぐに追随し、自社が享受できる無競争の期間は短期間になりがちです。ノーベル賞の受賞者や特許の取得など、競合者・競合企業とほんの数日で、受賞や取得を逃がすという例は驚くほど多いものです。
一方「数多くの顧客とコンタクトする」ことで、長い期間をかけて蓄積したデータは、簡単にはまねができません。例えば、先ほどのワコールの場合、同一人物の30年間の体型の変化は、同じデータ...