1. 三位一体の知財戦略とは
知財戦略における三位一体とは、事業部門・研究開発部門・知財部門が、連携しながらそれぞれの役割を果たしていく考え方であり、2003年の「知的財産の取得・管理指針」(経産省)で詠われてすでに10余年経過しました
ここで提唱される内容は納得性が高いながら、現実問題として社内の独立部門が密接に連携することは容易でなく、残念ながら日本企業に定着したとは言えない状況が現在でも続いています。
簡単な処方箋があるわけではありませんが、うまく進んでいる事例もありますので、今回は事例を挙げながら留意点を解説します。
2. 三位一体戦略にありがちな問題事例
某社は材料メーカーの業務委託を行っており、事業企画部の方と一緒に事業部、知財部、研究所の三位一体体制での知財戦略強化プロジェクトに取り組んでいました。
この体制の強化を図るべく、活動にあたっては三部門のメンバーに必ず参加を要請し知財戦略を踏まえた事業戦略を策定していましたが、なかなか事業部のメンバーが知財に対して積極的な姿勢を示してくれません。
研究所のメンバーはもともと自分達が開発した材料の特許権を取得する必要があるため、知財部と密接な関係を築いていましたが、事業部のメンバーは特許に関しては知財部と研究所任せになりがちです。事業部を積極的に知的財産に関する議論に参画してもらうにはどうすれば良いでしょうか。
まず大事なことは、経営陣が知財をどれだけ重視しており、このプロジェクトについて経営陣からの働き掛けがどれだけ期待できるかと言う問題です。この企業における「知財戦略強化プロジェクト」が経営陣の要請でスタートしたトップダウン的な性格のものであれば、経営陣に活動の報告を行う中で、問題のありかを理解してもらい、経営陣からしかるべく働きかけをして頂く、という方法を取ることが可能でしょう。
事業部メンバーの参画度が低い原因が、もし他の業務とのバランスの問題であるとすれば、勝手に優先度を変えるわけにはいかず、経営陣との議論を通してしか解決できないことなのかも知れません。経営陣によるサポートあるいは後押し程、強い駆動力はないといえます。
もし、このプロジェクトがボトムアップ的な試みであったとすれば、上記の方法を取ることは難しいかも知れません。その場合には事業部メンバーに、三位一体活動の重要性や意義を理解してもらうよう、様々な働きかけを行うことが必要であり、たとえば知財活動の重要性を、リスクマネジメントとして理解してもらうという手があります。
3. 知財戦略の成功には事業部門の関与が不可欠
事業を成功させるには下記の二つの保証が必要になり、その点で事業部門の関与は極めて重要です。
(1) 事業活動の全ての場面について、他社の知的財産権に抵触しないようにする
事業の全ての場面とは、原材料購入の場面、自社での製造・加工の場面、顧客に販売する場面、顧客が使用する場面といった全てを言います。特に材料の場合には、その用途の領域に障害となる他社特許権が存在する可能性が高く、そうした出口を抑えられていると事業展開に支障を来します。これらのバリューチェーン、サプライチェーンの情報は、知財部と研究所で全てを把握することはできません。ビジネスの全容を理解できる立場にいる事業部のメンバーの参画が不可欠です。
(2) 自社の事業活動が他社に模倣されないようにするために、あらゆる知的財産権を総動員する
自社事業がうまくいけば、必ず他社が参入しようとします。その際、製品だけを特許で守るのは不十分であり、用途領域に関する多数の知的財産権の構築が必要です。また、ビジネスの進め方によっては、流通・販売に関わる特許、意匠、商標、著作権、不競法等を総動員して事業を守ることが必要となります。その作業においても、ビジネスの全体像を知る事業部のメンバーの参画が不可欠です。
もうひとつは、事業戦略の立案における知財情報の重要性を理解してもらうことです。事業戦略の立案においては、内外環境情報の収集・分析が必須ですが、その基本となるのが3C(Competitor:競争業者、Company:自社、Customer:市場・顧客)分析です。例えば、次の4点を明らかにしなければ事業戦略を立案することはできませんが、これらの諸点について、知的財産情報は豊富で必須の情報源となります。
- ターゲット市場およびターゲット商品・技術が、プロダクトライフサイクルのどの段階(導入期、成長期、成熟期、衰退期)にあるのか。
- 競争業者はどのような技術、知的財産を有しており、自社の技術・知的財産は競争業者に比べて優位なのか劣位なのか。もし劣位であればどのようにして優位性を確保することができるのか。
- 特に致命的な障害技術・知的財産はないのか。あるとして、それは克服可能なのか。
- 連携できる仲間がいるのか。いるとしてどのように連携するのか(ライセンスイン、共同研究、事業連携等)。
これらのポイントを事業部メンバーが正しく理解できれば、きっと...