技術は経済学、技術者はクリエイター、-原発事故から技術の方向を考える-

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1.福島第一原発の衝撃

 2011年に発生した福島第一原発の衝撃的な事故は、日本の技術者に重い課題を提示しました。予想を超える地震とそれに伴う大津波、その他想定外の事態など大事故の発生を防げなかった理由は、さまざまに語られています。しかし、信頼性に携わる技術者は言い訳をしてはいけないでしょう。想定できなかった理由を聞いても、被害を受けた人には何の役にも立たないばかりか、逆に憤りが増すだけです。

 では、信頼性技術に関わる技術者たちは、どうすべきでしょうか。あえて不謹慎を承知で言えば、信頼性の今後を考えるには、原発事故は絶好の題材です。日本の信頼性工学は大きく転換すべきだ、という啓示であると受け取るべきでしょう。
   

2.責任追及しないことが肝要

 信頼性技術を議論する場合に気をつけなければならないことは、責任の追及とは一線を画すべきという点です。責任を追及する態度では純粋に技術的な議論が難しくなり、かえって原因を不明確にすることになります。

 したがって今後の議論においても、だれの責任かという視点は極力除外します。同じ立場になれば、だれでも同じような判断ミスを犯しかねないという認識で、技術の本質を議論する方が建設的であり、信頼性の本来の進め方でもあるはずです。
   

3.なぜ安全性が見過されたのか

 工業製品を開発する作業では、製造段階、流通段階、使用段階そして廃棄段階の全工程で様々な状況を想定し、そこで起こりうる現象を予測し、不具合が発生しないような対策を考えることが求められます。しかし現実には、想定されるすべての事態において機能を満足できるような対策は、時間的にもコスト的にも不可能です。したがって、ある仮定に基づいて、考慮範囲を設定せざるを得ません。この地域ではマグニチュード9以上の地震は起きないと決めることが、この仮定に相当します。そう決めなければ設計の作業は際限がなく広がってしまいますし、逆に、そう決めれば設計の作業範囲が確定でき仕事が進められるからです。

 つまり妥協ないしは仮定に基づいて作業範囲を限定する方法は、設計の現場ではごく普通に行われてきました。設計者は、想定範囲内の条件で機能を満足するように工夫し、その代り、想定範囲外の条件においては、機能が損なわれても致し方ないと割り切って考えます。

 はっきり言えば、想定範囲外で起きることに対して、設計者は自分の責任ではないと考えるのです。責任は、範囲を設定した人にある。ここに安全性が見過ごされる原因があります。つまり設計者は、想定外の条件に対して思考を停止し、対策を考えないのです。決して想定外の事態を予想できなかったのではなく、予想できたが、想定範囲から外したのです。
   

4.本当の原因はコスト

 設計の実務をこなすためには、考慮対象範囲を明確にすることが必要ですが、そのことによって想定範囲を超えた条件で問題が発生するという事故発生の構図が明確になりました。それだったら、設計の時に対象範囲(つまり想定)を広げておけば良いではないか。それが普通に考えることでしょう。

 しかし、ことは単純ではありません。想定範囲を広げても、根本的な解決にならないのです。設計範囲を広げれば、設計や生産のコストが確実に増加するからです。設計の手間は増えるし、従来は必要なかった機能や部品も新たに追加しなければなりません。結果的に保守や点検の費用の増加も予測されます。つまり問題の根源は、コスト(設計と製造の費用)です。予想できる範囲と想定する範囲のギャップは、コストで決まるのです。

 工業製品を設計することは、コストとの戦いです。どれだけの費用をかけてどの機能を入れ込むか、どれだけの費用をかければ信頼性を確保できるか、どのくらいの費用でどのくらいの安全性に設計するか。機能も信頼性も、そして安全ですらも、すべてコスト次第なのが現実です。

 つまり工業製品では、コストに見合った信頼性と安全性しか手に入りません。必要なコストをかけずに設計すれば、もちろん低価格の製品を開発できますが、最終的には、必要以上の損害を被る覚悟をしておかなければなりません。

 以上のように、個人の責任問題に目を奪われなければ、信頼性や安全性にかかわる事故の本質は、経済の問題であることが理解できます。人間の欲望の増大と、それを達成する技術の進歩のタイムラグで、事故は発生するのです。事故とは経済問題なのです。
   

5.信頼性と安全性の技術は経済学

 工業製品に使用する技術は、その効用が生産コストに見合っていなければ、採用できません。当然ですが、一つだけ困った点があります。

 製品の機能は消費者にもわかるので、消費者が購入できる価格に見合った機能に設計することは可能です。しかし信頼性と安全性に関しては、消費者には理解できないという問題があるのです。つまり消費者は、見えない信頼性と安全性に対しては、お金を払ってくれないのです。

 経済学から信頼性と安全性を考えると、この点は重大です。信頼性テストにおいて「時間と数の壁」が問題となりますが、まさしくこれは「コストの壁」です。したがって、経済学として安全と安心を取扱うには、信頼性を定量的な金額で扱う必要があります。

 そのためには、従来も一部では行われていた損失額を活用する方法が有効です。信頼性や安全性が損なわれると、どのくらいの損失金額になるかを見積るのです。見積のためのテスト方法も、大幅にコストダウン(時間と数を減少)しなければなりません。それができれば、損失金額に見合った対策金額を算出することも可能になるはずで...

1.福島第一原発の衝撃

 2011年に発生した福島第一原発の衝撃的な事故は、日本の技術者に重い課題を提示しました。予想を超える地震とそれに伴う大津波、その他想定外の事態など大事故の発生を防げなかった理由は、さまざまに語られています。しかし、信頼性に携わる技術者は言い訳をしてはいけないでしょう。想定できなかった理由を聞いても、被害を受けた人には何の役にも立たないばかりか、逆に憤りが増すだけです。

 では、信頼性技術に関わる技術者たちは、どうすべきでしょうか。あえて不謹慎を承知で言えば、信頼性の今後を考えるには、原発事故は絶好の題材です。日本の信頼性工学は大きく転換すべきだ、という啓示であると受け取るべきでしょう。
   

2.責任追及しないことが肝要

 信頼性技術を議論する場合に気をつけなければならないことは、責任の追及とは一線を画すべきという点です。責任を追及する態度では純粋に技術的な議論が難しくなり、かえって原因を不明確にすることになります。

 したがって今後の議論においても、だれの責任かという視点は極力除外します。同じ立場になれば、だれでも同じような判断ミスを犯しかねないという認識で、技術の本質を議論する方が建設的であり、信頼性の本来の進め方でもあるはずです。
   

3.なぜ安全性が見過されたのか

 工業製品を開発する作業では、製造段階、流通段階、使用段階そして廃棄段階の全工程で様々な状況を想定し、そこで起こりうる現象を予測し、不具合が発生しないような対策を考えることが求められます。しかし現実には、想定されるすべての事態において機能を満足できるような対策は、時間的にもコスト的にも不可能です。したがって、ある仮定に基づいて、考慮範囲を設定せざるを得ません。この地域ではマグニチュード9以上の地震は起きないと決めることが、この仮定に相当します。そう決めなければ設計の作業は際限がなく広がってしまいますし、逆に、そう決めれば設計の作業範囲が確定でき仕事が進められるからです。

 つまり妥協ないしは仮定に基づいて作業範囲を限定する方法は、設計の現場ではごく普通に行われてきました。設計者は、想定範囲内の条件で機能を満足するように工夫し、その代り、想定範囲外の条件においては、機能が損なわれても致し方ないと割り切って考えます。

 はっきり言えば、想定範囲外で起きることに対して、設計者は自分の責任ではないと考えるのです。責任は、範囲を設定した人にある。ここに安全性が見過ごされる原因があります。つまり設計者は、想定外の条件に対して思考を停止し、対策を考えないのです。決して想定外の事態を予想できなかったのではなく、予想できたが、想定範囲から外したのです。
   

4.本当の原因はコスト

 設計の実務をこなすためには、考慮対象範囲を明確にすることが必要ですが、そのことによって想定範囲を超えた条件で問題が発生するという事故発生の構図が明確になりました。それだったら、設計の時に対象範囲(つまり想定)を広げておけば良いではないか。それが普通に考えることでしょう。

 しかし、ことは単純ではありません。想定範囲を広げても、根本的な解決にならないのです。設計範囲を広げれば、設計や生産のコストが確実に増加するからです。設計の手間は増えるし、従来は必要なかった機能や部品も新たに追加しなければなりません。結果的に保守や点検の費用の増加も予測されます。つまり問題の根源は、コスト(設計と製造の費用)です。予想できる範囲と想定する範囲のギャップは、コストで決まるのです。

 工業製品を設計することは、コストとの戦いです。どれだけの費用をかけてどの機能を入れ込むか、どれだけの費用をかければ信頼性を確保できるか、どのくらいの費用でどのくらいの安全性に設計するか。機能も信頼性も、そして安全ですらも、すべてコスト次第なのが現実です。

 つまり工業製品では、コストに見合った信頼性と安全性しか手に入りません。必要なコストをかけずに設計すれば、もちろん低価格の製品を開発できますが、最終的には、必要以上の損害を被る覚悟をしておかなければなりません。

 以上のように、個人の責任問題に目を奪われなければ、信頼性や安全性にかかわる事故の本質は、経済の問題であることが理解できます。人間の欲望の増大と、それを達成する技術の進歩のタイムラグで、事故は発生するのです。事故とは経済問題なのです。
   

5.信頼性と安全性の技術は経済学

 工業製品に使用する技術は、その効用が生産コストに見合っていなければ、採用できません。当然ですが、一つだけ困った点があります。

 製品の機能は消費者にもわかるので、消費者が購入できる価格に見合った機能に設計することは可能です。しかし信頼性と安全性に関しては、消費者には理解できないという問題があるのです。つまり消費者は、見えない信頼性と安全性に対しては、お金を払ってくれないのです。

 経済学から信頼性と安全性を考えると、この点は重大です。信頼性テストにおいて「時間と数の壁」が問題となりますが、まさしくこれは「コストの壁」です。したがって、経済学として安全と安心を取扱うには、信頼性を定量的な金額で扱う必要があります。

 そのためには、従来も一部では行われていた損失額を活用する方法が有効です。信頼性や安全性が損なわれると、どのくらいの損失金額になるかを見積るのです。見積のためのテスト方法も、大幅にコストダウン(時間と数を減少)しなければなりません。それができれば、損失金額に見合った対策金額を算出することも可能になるはずです。

 人的・物的被害ばかりでなく風評被害も加えれば、今回の福島第一原発の事故の損害額は、おそらく100兆円を超えるでしょう。設計段階でそのような数値がはじき出せれば、巨大地震が一万年に一度の確率であっても、原発の設計には慎重にならざるを得ないでしょう。
   

6.損失関数の役割

 技術は、社会に役立つシステムを創造する役割を持っています。したがって、たとえ科学的、論理的に正しくても、人間社会にマッチしなければ役に立たないものとみなされます。高度化した技術が引き起こす事故も深刻にもなるでしょう。もはや信頼性技術者が、今までのように故障解析や理論追求の狭い分野に閉じこもっていることは許されなくなっています。技術者は、クリエイターなのです。最近の設計現場を考えると、社会への影響を数値化すること、そして技術の経済的側面を議論できるクリエイターに役立つ方法論が強く要望されていると感じます。

 品質工学(タグチメソッド)が主張している損失関数とは、技術を経済学として取り扱う手法です。社会とのかかわり、人間とのかかわりを損失とコストという金額で比較評価することです。

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この記事の著者

長谷部 光雄

学問追求ではない品質工学、実践に役立つ品質工学を目指しています

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