『坂の上の雲』に学ぶ全体観(その2)

 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、今回は全体観のその2です。
 

4. 二〇三高地

 
 日本軍は、旅順要塞を攻略するための最弱部が二〇三高地だということをやっと発見します。それを司馬遼太郎は、あのナイチンゲールが従軍看護師として赴いたクリミア戦争で、非常に戦線が膠着したときのセバストーポリ要塞になぞらえています。最弱部はセバストーポリ要塞の一角にあるマラコフ砲台で、そこを落とせば要塞全体が簡単に落ちました。海抜203メートルの二〇三高地からは旅順港が良く見通せたため、旅順港停泊中のロシア艦隊を砲撃する弾着の観測に最適な場所であると気づいた秋山真之は、この高地を攻略することが日露戦争のゆくえを決する重要なカギになると考えたのです。
 
 もっとも、ボトルネックが二〇三高地だと最初に気づくのはロシア軍でした。日本軍はあちこち攻め立てますが、日本軍が二〇三高地をちょっとだけ攻めたことにより、ロシア軍はその地がボトルネックだと気づき、そこを頑丈な構造にして防御を固めました。日本軍の攻撃はやぶ蛇だったのです。しかし、結局は日本軍がそこを落としたので作戦の目的は達成されたのでした。他には、秋山真之の戦法で、敵の旗艦で主力になっている戦艦をまず討ち取るというのがあります。つまり、一番強いところ始めに崩せばあとはなし崩し的に落ちる、という戦法です。単に相手の弱い所というより、相手にとっての組織の急所をつくということです。もう一つの例としては、当時の日本政府は、自らのボトルネックがお金だということに気づいていました。世界中を見渡しても資金が続かなければ戦争ができないということがこれほどわかっていた戦争はありませんでした。そこで資源もない発展途上国だった日本が資金調達するのは、公債を外国に買ってもらうことでした。その大役を日銀副頭取の高橋是清(後の内閣総理大臣)は見事に果たしました。
 

5. 力ずくはよくない

 
 まず、すべてをやるのは大変だと思うことでしょう。なんでも力ずくでは工夫のないことの代名詞だと言われるでしょう。力ずくではなく、全部をすべてやるのは大変だと思わなくてはならないのです。そうすればボトルネック、すなわち最弱部をどう攻めようかという発想になります。「全体を見ながら」というのは、どこでどんな仕事をする場合でも必要な考え方です。日露戦争で日本軍に空前の惨事を引き起こしたのが陸軍の旅順要塞攻略作戦でした。開戦前、陸軍の作戦計画にこれは含まれていなかったのです。それは妥当な判断だったようだが、海軍側から要請が出て作戦を変更しなくてはならなくなりました。このため、攻略について十分な検討と準備がなされていなかったのです。
 
 乃木希典率いる部隊は、敵の要塞防御とそのために有効な攻撃法についてまったくわからないまま力攻めを繰り返しました。近代的要塞がどのようなものか、それを攻略するための周到な準備も対抗手段もなく、ただ攻撃を繰り返すだけだったのです。その結果、兵力10万のうち死傷が60%以上にのぼるという世界の戦史でも稀な事例となったと司馬は書いています。まさに力づくのみに頼った結果の大惨事でした。ところが、攻撃の要請をした海軍側では、初めから力づくではなく急所だけを攻めてほしいと訴えていたそうです。海軍はヨーロッパからロシアの応援艦隊が到着する前に、旅順港内の敵艦隊を滅ぼすことが絶対に必要でした。それが海側からできなかったので、陸側から敵艦隊を沈めるよう陸軍に要請しました。海軍の見るところでは、港内の敵艦隊を見下ろせる一角を占拠し(そこが二〇三高地だった)、そこに観測所をおけば敵艦の正確な位置を知ることができてしまいます。つ...
まり、旅順要塞はいくつもの高地にある砲台によって守られていました。それらの砲台すべてを攻略することを要請したのではなかったのです。ただ、二〇三高地のみを陥落させればよかったのです。必要な急所はすでにわかっていました。陸軍はそれをはねつけ、必要もないのに堅牢な旅順要塞そのものを真正面から攻めるという愚かなことを繰り返したので大損害を出すことになりました。最終的に、参謀本部から児玉源太郎が乗り込んで、二〇三高地を攻める作戦に転換させました。それがきっかけになり旅順要塞全体の陥落につながり、半年もかけた作戦をやっと終えることができたのです。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
 
  
◆関連解説『人的資源マネジメントとは』

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