『坂の上の雲』に学ぶ先人の知恵(その10)

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 人的資源マネジメント 
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、今回は、先人の知恵、定石と応用 (その10)です。
 

4. 知的労働を力ずくでやらない

 
 知的労働を力ずくでやらない、これは、日本人が非常に不得意なところです。『汗水を垂らして、なんでも一生懸命に』が日本人の美徳でした。勤勉とはすこしニュアンスが違うと思います。「知的労働を力ずくでしない」に相当することわざはありません。これを考える為に、システムベンダーで銀行の情報システムを開発する例を見てみましょう。
 
 A銀行に頼まれたシステムはA銀行用につくる。B銀行から頼まれるとB銀行用につくる。C銀行から頼まれるとC銀行用につくる。という力ずくのやり方があります。ところが違うやり方もあるのです。銀行は何社あってもどこでも似たような仕事があり、また会社ごとに異なるやり方もあるからと、まず銀行数十社にわたってその業務を洗いざらい分析するのです。その結果、どこも同じ業務と会社ごとに違う業務がわかります。そこから先のリクツは簡単で、会社ごとに違う業務のところだけ新しくつくるのです。同じ業務はひとつのものがどこの会社にでも使えるでしょう。こういう考え方のもとに、同じ銀行業務なのだからという発想をするのです。ところが、日本は力ずくです。頼まれると、「はい、A銀行」「はい、B銀行」と別々になるのです。
 
 義務教育をいち早く制度化した明治政府は、知的労働、つまり教育は力ずくでやれないことはよくわかっていたと思います。つまり寺子屋とか藩校だけでは限界だったのです。これを、制度化することは、組織的な標準化です。義務教育を一挙に推し進めようとした明治政府は、先見の明があったのです。最初は義務教育と言っても、有償であり、ただではなかったのです。無料でなければ就学率は上がらないが、無料化するには予算がないのです。しかし、民間も一緒に協力することになりました。1900年には小学校の学費無料化ができて一挙に就学率が伸び、その後90%に達したと言われています。教育に民間もお金を出すのは、いまの世でもなかなかできないことです。
 
 義務教育の成果は、明治維新から数えると約30年後の日露戦争にはものの見事に出ています。国の長い歴史の中のわずか30年ぐらいで成果が出たのです。その即効性は驚異的と言えます。日本がなぜすぐに列強の仲間入りができたかと言えば、義務教育をいち早く制度化して徹底させたことが大きな要因です。地道にやることは、個人的には美徳でも、組織をマネジメントする観点からはアウトです。結論としては、「楽をして、かつ、同時に品質がよくなるやり方を常に追求しましょう」ということです。
 

【外交より難しいこと】

 
 当時外務大臣であった小村寿太郎は「外交よりも『内交』が難しい」という話をしていたという。内部のほうが敏感で燃えやすい。たとえば、日英同盟ができそうだと当時の駐英大使、林董が伊藤博文に報告する。「どうもイギリスはそのつもりで乗ってきています」という話をする。伊藤は日英同盟を結べばロシアの心証を害するのではないかと的はずれなことを言う。伊藤は幕末以来の体験でロシアなど列強の怖さを肌で感じていた人である。「その同盟はちょっと待て。ロシアとの協調が可能ならそれがベストだ。俺がロシアに行って話をつけてくる」と言ってせっかくの日英交渉の足を引っ張る。
 
 心証を害するも何も、ロシアは敵国なのだから害するのは当たり前です、それよりもあの大英帝国が味方になってくれれば一番いいのです。林としては、そう確信していましが、何と言っても伊藤は元老のトップです。私がちゃんとやっているから出過ぎたまねはやめてくれとは言えません。伊藤はロシアに行くが、ロシアにはその気はまるでないから日露協調など、もともとできるはずがないのでした。
 
 何の成果もなくさびしく帰国するのですが、伊藤さんは甘いと小村は林にもらすのです。小村は伊藤と違って幕末のトラウマなどはないクールな外交官です。ロシアは約束を破る常習犯のような国であると見切っていました。伊藤のロシア訪問で英国は一時日本に懐疑心を持ちますが、もともと英国としての同盟の必要性は高いままだから同盟は無事に締結さ...
 人的資源マネジメント 
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、今回は、先人の知恵、定石と応用 (その10)です。
 

4. 知的労働を力ずくでやらない

 
 知的労働を力ずくでやらない、これは、日本人が非常に不得意なところです。『汗水を垂らして、なんでも一生懸命に』が日本人の美徳でした。勤勉とはすこしニュアンスが違うと思います。「知的労働を力ずくでしない」に相当することわざはありません。これを考える為に、システムベンダーで銀行の情報システムを開発する例を見てみましょう。
 
 A銀行に頼まれたシステムはA銀行用につくる。B銀行から頼まれるとB銀行用につくる。C銀行から頼まれるとC銀行用につくる。という力ずくのやり方があります。ところが違うやり方もあるのです。銀行は何社あってもどこでも似たような仕事があり、また会社ごとに異なるやり方もあるからと、まず銀行数十社にわたってその業務を洗いざらい分析するのです。その結果、どこも同じ業務と会社ごとに違う業務がわかります。そこから先のリクツは簡単で、会社ごとに違う業務のところだけ新しくつくるのです。同じ業務はひとつのものがどこの会社にでも使えるでしょう。こういう考え方のもとに、同じ銀行業務なのだからという発想をするのです。ところが、日本は力ずくです。頼まれると、「はい、A銀行」「はい、B銀行」と別々になるのです。
 
 義務教育をいち早く制度化した明治政府は、知的労働、つまり教育は力ずくでやれないことはよくわかっていたと思います。つまり寺子屋とか藩校だけでは限界だったのです。これを、制度化することは、組織的な標準化です。義務教育を一挙に推し進めようとした明治政府は、先見の明があったのです。最初は義務教育と言っても、有償であり、ただではなかったのです。無料でなければ就学率は上がらないが、無料化するには予算がないのです。しかし、民間も一緒に協力することになりました。1900年には小学校の学費無料化ができて一挙に就学率が伸び、その後90%に達したと言われています。教育に民間もお金を出すのは、いまの世でもなかなかできないことです。
 
 義務教育の成果は、明治維新から数えると約30年後の日露戦争にはものの見事に出ています。国の長い歴史の中のわずか30年ぐらいで成果が出たのです。その即効性は驚異的と言えます。日本がなぜすぐに列強の仲間入りができたかと言えば、義務教育をいち早く制度化して徹底させたことが大きな要因です。地道にやることは、個人的には美徳でも、組織をマネジメントする観点からはアウトです。結論としては、「楽をして、かつ、同時に品質がよくなるやり方を常に追求しましょう」ということです。
 

【外交より難しいこと】

 
 当時外務大臣であった小村寿太郎は「外交よりも『内交』が難しい」という話をしていたという。内部のほうが敏感で燃えやすい。たとえば、日英同盟ができそうだと当時の駐英大使、林董が伊藤博文に報告する。「どうもイギリスはそのつもりで乗ってきています」という話をする。伊藤は日英同盟を結べばロシアの心証を害するのではないかと的はずれなことを言う。伊藤は幕末以来の体験でロシアなど列強の怖さを肌で感じていた人である。「その同盟はちょっと待て。ロシアとの協調が可能ならそれがベストだ。俺がロシアに行って話をつけてくる」と言ってせっかくの日英交渉の足を引っ張る。
 
 心証を害するも何も、ロシアは敵国なのだから害するのは当たり前です、それよりもあの大英帝国が味方になってくれれば一番いいのです。林としては、そう確信していましが、何と言っても伊藤は元老のトップです。私がちゃんとやっているから出過ぎたまねはやめてくれとは言えません。伊藤はロシアに行くが、ロシアにはその気はまるでないから日露協調など、もともとできるはずがないのでした。
 
 何の成果もなくさびしく帰国するのですが、伊藤さんは甘いと小村は林にもらすのです。小村は伊藤と違って幕末のトラウマなどはないクールな外交官です。ロシアは約束を破る常習犯のような国であると見切っていました。伊藤のロシア訪問で英国は一時日本に懐疑心を持ちますが、もともと英国としての同盟の必要性は高いままだから同盟は無事に締結されました。
 
 これは今も同じです。内部をまとめるほうが難しいのです。たとえば、システム開発を請け負うシステムベンダーが顧客企業に打合せに行きます。顧客企業の全社的なシステムをつくろうというとき、窓口の人に聞くと、内部の意見がまとまっていないのです。会議で、内部のA部署とB部署とC部署で全部違うことを言うのです。そもそもキーマンがその会議に出席していません。大事なことを決めてほしいと頼みに行っても意思決定せずにぐずぐずする。システムベンダーはこういうことで時間を浪費させられ苦労しているでしょう。窓口部署の担当も恥ずかしい思いをするのです。文明度の高い日本としてはとても残念なことです。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
 
  

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この記事の著者

津曲 公二

技術者やスタッフが活き活きと輝きながら活動できる環境作りに貢献します。

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