寛容だったときを考えてもらいましたが、どんな気持ちになりましたか? 寛容になるためには我慢や忍耐が必要だったかもしれませんが、寛容な態度ができたときは気分がよく、機嫌もよかったのではないかと思います。たとえ価値観や意見が自分と違う相手であっても、誰とでも同じように接することができる自分は、気分がいいですよね。
ここに自律性を高めるヒントがあります。自律性を満足するために必要となるのは、他人の言動や起きた出来事などの外的要因に左右されないことですが、それは、気分が良く、機嫌が良いという心の状態だということです。実は、機嫌が良い状態を作れるというのは自律性が高いということであり、さらに、機嫌が良い状態は高いパフォーマンスを発揮でき、良い結果を出す可能性がもっとも高くなることがわかっています。
図47. 機嫌のよい状態が自律性、成果へ
気分や機嫌というのは感情なのですが、感情はパフォーマンスに大きく影響するのです。感情の重要性を知っておくことは大切です。
それでは感情とはどんなものでしょうか? 心理学では次のように定義しています。
感情は、外的および内的な変化や出来事などの刺激に反応して生まれます。そして、生理的変化を引き起こし、思考や言葉、行動に影響を与えます。感情はネガティブ感情とポジティブ感情に分類することができ、この相反する感情を同時に感じることができます。さらに、言語・非言語の両方で周囲に伝わるという特徴を持っています。
感情をどう活かすのかは非常に重要なのですが、往々にして、感情にとらわれ感情の言いなりになってしまい、自分の意思とは関係なく周りにも伝わってしまう、やっかいな存在です。行動や体調だけでなく、人生も左右してしまう可能性があります。うまく制御してポジティブな感情を作ることが、自分にも周りにも良いことなのは間違いありません。それなのに、どうしてネガティブな感情は存在するのでしょうか?
ネガティブな感情は危険について警告するという役割を持ち、危険に対処するための必要な行動を引き起こすためのものです。たとえば、山道で突然クマに出会ったら、驚きや恐怖という感情がわき起こります。そして、この感情によってアドレナリンが分泌されます。アドレナリンは、心拍数を増加させたり、血圧を上げたり、汗を出したりすることで身体能力を高めます。戦うにしろ逃げるにしろ、次のアクションに有利な状態を作り出すのです。
狩猟生活をしていたような太古の昔は、ちょっとのことでも生命の危険に結びつくため、このようなネガティブな感情のメカニズムが発達したと考えられます。現代社会では狩猟時代のような生命の危険にさらされることはほとんどないにもかかわらず、今でもネガティブな感情のメカニズムが残っているために、やっかいなことになっているのです。
さらにやっかいなことに、生命を守るために必要なメカニズムだったので、脳はネガティブ感情を優先させるようにできているのです。雨が降ってイヤだなとか、あの態度は自分を嫌ってるからだなとか、人は環境や他人に対してネガティブな意味づけをしがちです。また、ネガティブな感情はより強く、より長持ちし、ネガティブな体験はより印象的で、より記憶に残るという性質があります。これを「ネガティビティ・バイアス (Negativity Bias)」といいます。そもそも、人はネガティブなものに引きつけられやすくできているのです。
自律性を高めるには、このネガティブ感情とのつき合い方が大切になります。冒頭の寛容の話でも、他人の気に入らない言動に対してネガティブな感情が起きるのは仕方ありません。大切なのは、その感情に正しく対処してニュートラルな状態にすることです。ニュートラルにできれば「寛容を心がけよう」と意識することが可能になります。
では、ネガティブ感情への対処方法をお伝えしましょう。それは、90秒じっと待て、です。脳科学者ジル・ボルト・テイラーが「奇跡の脳」で紹介し「90秒ルール」と呼ばれています。その部分を引用します。
『自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在しますが、このプログラムの一つが誘発されて、化学物質が体内に満ちわたり、そして血流からその物質の痕跡が消えるまで、すべてが90秒以内に終わります。たとえば怒りの反応は、自発的に誘発されるプログラム。ひとたび怒りが誘発されると、脳から放出された化学物質がからだに満ち、生理的な反応が引き起こされます。最初の誘発から90秒以内に、怒りの化学的な成分は血液中からなくなり、自動的な反応は終わります。もし90秒が過ぎてもまだ怒りが続いているとしたら、それはそ...