最終回 『坂の上の雲』に学ぶ先人の知恵(その29)

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 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『プロジェクトや人の評価方法』の章です。プロジェクト活動の成果を、どういう観点から評価するか。プロジェクトの成功や失敗とは、何を基準にするか。組織の中で敗者をつくらないために、どのように人の評価をするか。この章で解説しています。
 
  人的資源マネジメント
 

8. 原点に戻る

 

(1) 人や組織は評価指標に沿って行動する

 
 ここまでプロジェクトや人の評価のことを述べてきましたが、最後にその原点に戻ります。組織はその理念や大きな方針に基づいて、何らかの評価指標がそこにはあります。評価指標が存在しているから、その指標に沿って組織や人は行動することになります。たとえば、地方自治体や国では予算を残すと没収されるので、とにかく全部使い切ったほうがいいとの評価指標でしょうか。残した予算は、余分なもので要らなかったとみなされるからです。来年度の予算獲得に支障をきたすことになるのです。そのためなのか、年度末になると何でもいいからどんどん予算は使ってしまおうとします★注。
 
 地方自治体や国の方針や政策決定の必要性が、市や国の行動を決めているのではないのです。そもそもの評価指標が、人や組織の行動を決めているのは、よく知られた話となっています。だからこそ、組織の方針や施策を評価するための指標は重要です。
 
★注 パーキンソンの法則「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」(第一法則)、「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」(第二法則)、英国の歴史学者・政治学者シリル・ノースコート・パーキンソン
 
 『坂の上の雲』で描かれた日露戦争とは、祖国防衛のための戦争ということが共有されていました。それが軍隊だけではなく、国民全体に徹底していたのです。たとえば、東郷平八郎の連合艦隊のほかに、上村艦隊があり、ロシアの軍艦が通商を妨害してあっちに出たり、こっちに出たりをやっつけるのが仕事でした。
 
 ところが、ロシアも神出鬼没で上村彦之丞(第二艦隊司令官)はこれをなかなか捕らえられず、当時の新聞でも何をやっているんだ、と非難ごうごうでした。濃霧のために見失ったと言うけれど、漢字で「ノウム」を逆さに読むと「ムノウ(無能)」である、と徹底的に叩かれたのです。
 
 「祖国防衛のための戦争」という方針が国民のすべての階層に徹底していたからです。「俺たちの代理で戦っている人間が、そのような無様は一体何だ」と非難が起こったのです。その時代のいい行動とは何かについて、国民の間で共有されていたからでしょう。ものごとの原点として、評価指標がよく共有化されていた戦争だったとも言えます。
 
 人的資源マネジメント
 

(2) 今までは成長、これからは発展

 
 「原点に戻る」行動は、瞬間風速の測定も必要です。瞬間風速とは、ある時点で評価したらどうなるかです。しかし、それだけではなく、長期的な成長と発展の視点からも見ることは欠かせません。日露戦争は、瞬間風速としては確かに大成功であり評価は最高ですが、その後の日本の発展を考えると、その成功は決してプラスに作用していないと言わざるを得ません。日露戦争から太平洋戦争に突入するまでの40年弱はまったくよくないからです。
 
 評価には「成長と発展」の視点で測定することが重要となります。「将来は、こういうことで測定しなければいけないのでは」という視点を持つことです。つまり測定のものさしを変えることです。測定は長さもあれば重さもあるし、体積や容積もありますが、もっとまったく違う尺度で測ることがあってもいいのではないか、という視点です。
 
 『坂の上の雲』の時代と、現在の日本を比べることもできるでしょう。あの時代は文字通り「坂の上の雲」を目指してみんなで成長しようと思っていましたが、現在の日本も従来のような経済成長は終わって、これから別の世界に発展しなければいけない状況です。
 
 成長ではなく発展です。発展するとは、別の世界に行くことでしょう。別の世界とは「超高齢化社会の中でどう発展するか」であり、これには新たな『坂の上の雲』をつくらなければならないのです。日本は世界で一番の高齢化社会なのだから、日本と同じような超高齢化社会の国は存在していないのです。したがって、原点に戻るというのは、単に年金問題をどうすればいいのかではなく、自分たちが今後どのような行動をとるのかということであり、当時も今も、「坂の上の雲」を探さなければならない時代という意味では同じです。
 
 明らかに当時は「坂の上の雲」を意識していたわけではないでしょうが、やはり祖国防衛戦争を機にこれは何とかしなければ、とみんなが思っていた時代でした。今でも同じで、あの時代は成長だったが、今は発展で、ガラっと変わらなければならない時代です。ガラっと変わるのは成長ではなく発展です。
 
 発展であればいくらでも可能性はあります。そういう時期に来ていることを自覚し、われわれは発展するための方針と、発展するための評価指標を持って行動を決めるべきではないでしょうか。成長ではなく、発展のシナリオがないから行動がばらばらになつのです。根本になるビジョンがしっかりしていないので、なかなか...
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『プロジェクトや人の評価方法』の章です。プロジェクト活動の成果を、どういう観点から評価するか。プロジェクトの成功や失敗とは、何を基準にするか。組織の中で敗者をつくらないために、どのように人の評価をするか。この章で解説しています。
 
  人的資源マネジメント
 

8. 原点に戻る

 

(1) 人や組織は評価指標に沿って行動する

 
 ここまでプロジェクトや人の評価のことを述べてきましたが、最後にその原点に戻ります。組織はその理念や大きな方針に基づいて、何らかの評価指標がそこにはあります。評価指標が存在しているから、その指標に沿って組織や人は行動することになります。たとえば、地方自治体や国では予算を残すと没収されるので、とにかく全部使い切ったほうがいいとの評価指標でしょうか。残した予算は、余分なもので要らなかったとみなされるからです。来年度の予算獲得に支障をきたすことになるのです。そのためなのか、年度末になると何でもいいからどんどん予算は使ってしまおうとします★注。
 
 地方自治体や国の方針や政策決定の必要性が、市や国の行動を決めているのではないのです。そもそもの評価指標が、人や組織の行動を決めているのは、よく知られた話となっています。だからこそ、組織の方針や施策を評価するための指標は重要です。
 
★注 パーキンソンの法則「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」(第一法則)、「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」(第二法則)、英国の歴史学者・政治学者シリル・ノースコート・パーキンソン
 
 『坂の上の雲』で描かれた日露戦争とは、祖国防衛のための戦争ということが共有されていました。それが軍隊だけではなく、国民全体に徹底していたのです。たとえば、東郷平八郎の連合艦隊のほかに、上村艦隊があり、ロシアの軍艦が通商を妨害してあっちに出たり、こっちに出たりをやっつけるのが仕事でした。
 
 ところが、ロシアも神出鬼没で上村彦之丞(第二艦隊司令官)はこれをなかなか捕らえられず、当時の新聞でも何をやっているんだ、と非難ごうごうでした。濃霧のために見失ったと言うけれど、漢字で「ノウム」を逆さに読むと「ムノウ(無能)」である、と徹底的に叩かれたのです。
 
 「祖国防衛のための戦争」という方針が国民のすべての階層に徹底していたからです。「俺たちの代理で戦っている人間が、そのような無様は一体何だ」と非難が起こったのです。その時代のいい行動とは何かについて、国民の間で共有されていたからでしょう。ものごとの原点として、評価指標がよく共有化されていた戦争だったとも言えます。
 
 人的資源マネジメント
 

(2) 今までは成長、これからは発展

 
 「原点に戻る」行動は、瞬間風速の測定も必要です。瞬間風速とは、ある時点で評価したらどうなるかです。しかし、それだけではなく、長期的な成長と発展の視点からも見ることは欠かせません。日露戦争は、瞬間風速としては確かに大成功であり評価は最高ですが、その後の日本の発展を考えると、その成功は決してプラスに作用していないと言わざるを得ません。日露戦争から太平洋戦争に突入するまでの40年弱はまったくよくないからです。
 
 評価には「成長と発展」の視点で測定することが重要となります。「将来は、こういうことで測定しなければいけないのでは」という視点を持つことです。つまり測定のものさしを変えることです。測定は長さもあれば重さもあるし、体積や容積もありますが、もっとまったく違う尺度で測ることがあってもいいのではないか、という視点です。
 
 『坂の上の雲』の時代と、現在の日本を比べることもできるでしょう。あの時代は文字通り「坂の上の雲」を目指してみんなで成長しようと思っていましたが、現在の日本も従来のような経済成長は終わって、これから別の世界に発展しなければいけない状況です。
 
 成長ではなく発展です。発展するとは、別の世界に行くことでしょう。別の世界とは「超高齢化社会の中でどう発展するか」であり、これには新たな『坂の上の雲』をつくらなければならないのです。日本は世界で一番の高齢化社会なのだから、日本と同じような超高齢化社会の国は存在していないのです。したがって、原点に戻るというのは、単に年金問題をどうすればいいのかではなく、自分たちが今後どのような行動をとるのかということであり、当時も今も、「坂の上の雲」を探さなければならない時代という意味では同じです。
 
 明らかに当時は「坂の上の雲」を意識していたわけではないでしょうが、やはり祖国防衛戦争を機にこれは何とかしなければ、とみんなが思っていた時代でした。今でも同じで、あの時代は成長だったが、今は発展で、ガラっと変わらなければならない時代です。ガラっと変わるのは成長ではなく発展です。
 
 発展であればいくらでも可能性はあります。そういう時期に来ていることを自覚し、われわれは発展するための方針と、発展するための評価指標を持って行動を決めるべきではないでしょうか。成長ではなく、発展のシナリオがないから行動がばらばらになつのです。根本になるビジョンがしっかりしていないので、なかなか国民的コンセンサスが得られない。原点に戻るのは、従来の延長線上にある成長ではなく、ガラっと変われる発展をするためのビジョンではないでしょうか。
 
 最近日本はGDPで中国に抜かれて世界3位に落ちたとニュースで報道されていますが、中国は人口が日本の倍もある国です。国の成長がある段階に来れば、抜かれて当たり前でしょう。同じ土俵で競争するつもりなら話は別ですが、これからの日本にはそのような成長のための指標ではなく、発展のための指標が必要です。たとえば、ブータンにはGDPのような金銭的・物質的豊かさを目指すのではないGNH(国民総幸福量)という指標があるそうです。日本も今後の発展のためにぴったりした独自の指標を考えましょう。
 
 今回で、「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメントの連載を終了します。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載
 
  

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この記事の著者

津曲 公二

技術者やスタッフが活き活きと輝きながら活動できる環境作りに貢献します。

技術者やスタッフが活き活きと輝きながら活動できる環境作りに貢献します。


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