「デザインによる知的資産経営」では、デザインという手法を用いて、知的資産を活用した経営を行うための道筋を解説してきました。そのための道具となる概念として「デザイン」の他に、「知的資産」「ブランド」「経営理念」があります。これらの概念は、次のように理解することで、一本に結び付きます。
(1)デザイン
経営に資するデザインとは、「造形行為(=スタイリング、色や形)」だけに限らず、「ある目的を達成するために、さまざまな要素を総合的に調和させる行為」です。すなわち、デザインとは「計画や設計を含む行為」であり、だからこそ経営の手法となり得るのです。
「川を渡る」というテーマで考えると、仮説を発見して経営課題(川を渡る施設を造るかどうか)を設定する段階、具体的な手段を決定する段階、具体的な造形を行う段階がありますが、これらはすべてがデザインという手法でつながるのです。
「デザイン」と意匠法にいう「意匠」を混同してはいけません。計画や設計を含む広い概念としてのデザイン活動の成果の一部が、物品の形態である意匠として位置づけられ、意匠権の保護対象になる。言い換えれば、意匠法は広義のデザインのごく一部を保護する法律だということです。「デザイン=意匠」という捉え方では、経営の指針にはなり得ません。
(2)知的資産
知的資産とは、企業が有する無形資産の総称です。この中には、権利として成立している特許権、意匠権、商標権という知的財産権だけでなく、ブランド、人材、技術、技能、組織力、経営理念、顧客とのネットワーク等々、経営に資するあらゆる「情報」が含まれます。これらの多くは目に見えないものであることから、努力しなければ経営者が全体を把握することも難しいと思います。
しかし、イノベーションを継続できる経営を行うには、これらを目に見える形にして、「見える化・可視化した情報」として利用することが重要です。知的資産を見える化し、経営に利用するには、地べたをはいつくばって自分の会社を理解しなければなりません。
グライグ・M・ボーゲルらによるイノベーションの定義、「新しい技術の発明だけにとどまらず、インサイトに基づく活用、商品化、機能拡張、既存技術との組み合わせなどを含む」を前提にするならば、イノベーションの源泉は「顧客の潜在願望」を見極めることにあります。それを理解したうえで、自分の会社で何ができるかを考えることです。
自分の会社が持っている情報(知的資産)と「顧客の潜在願望」をどうやってつなぐのかということになります。つなぐ手法もまたデザインです。ここで重要なのは、自分の会社で何ができるのかを客観的に見極めることです。その基礎となるのが、自分の会社の「知的資産」をはっきりと理解し、従業員全員でその情報を共有することです。
(3)ブランド
ブランドには、「差別化するマークである」という定義もありますが、これではイノベーションにつながりません。イノベーションを継続できる経営を念頭に置くのであれば、ブランドとは「商品・サービスを提供する人とその需要者との間の信頼関係である」。そして、商標は「その信頼関係を表象する目印」と位置づける必要があります。
「ブランドは差別化するためのマークである」という定義と「ブランドは信頼関係である」という定義の違いは何でしょうか。キーワードは「需要者との信頼関係」です。信頼関係を構築しようと思った瞬間に、信頼関係の源泉をつくる必要を感じるはずです。単に差別化できればいいということであれば、他社にない機能を組み込んだ商品や、他社とは違うデザインの商品を提供すれば足りるかもしれません。しかし、「個々の商品」のレベルで考えていては「信頼の源泉」にはなりません。
(4)企業理念
ブランドの源泉は企業と需用者との信頼関係です。信頼関係を築くには、企業が「私の会社はこういう企業です」という情報を発信しなければなりません。こうした情報を発するためには、「私の会社はこういう企業だ」という定義づけをする必要があります。それが企業理念です。
企業理念とは、企業の存在意義を言葉として表現したものです。何のために企業が存在するのか、そのためにどのような行動をとるのかということにつながります。何か事を起こそうと決断する際に、常に参照されるべきものです。決断の基準となる「ものさし」ということができます。
しかし、企業理念そのものを「ものさし」として使うことは難しい場合が多いでしょう。そのため、下位概念化が必要です。下位概念化に際して必要な情報は、展開の可能性(技術的観点)と市場獲得性(営業的観点)の双...