【ものづくりの人材育成とは 連載目次】
1.技術・技能伝承が進まない
グローバル化の進展により、日本を取り巻く環境は大きく変化しています。新興国の台頭や国際間競争の激化など、産業構造や就業構造そのものが変化していく現状では、その事に対応したモノづくりの自己変革が求められています。そして、経営資源が脆弱な中小企業、古い技術やシステムなどレガシー資産を抱える基幹産業や製造業、また構造的な問題を抱える業界などは、技術・技能伝承が進展していないため、モノづくりの自己変革が遅れて、このことが深刻な問題となっています。
(1)今なぜ技術・技能伝承なのか
我が国は、団塊世代の高年齢化と少子化の進展により、少子高齢化社会を迎え、世界最高水準の高齢化率となっています。内閣府が発表した平成24年度版高齢化白書によれば、今後50年間で生産年齢人口(15~64歳の全人口比率)が半減するという試算もあり、また15歳~29歳迄の若手と30歳~65歳迄の中高年の人員比率が、2010年で1:10と1980年代に比べ倍増しています。つまり、若手1人に対し、技術や技能を伝承する熟練者が10人も存在していることになる。この傾向は今後増々進展することが確実であり、次世代へ残すべき技術・技能を見極める重要性が増しています。
そもそも技術・技能とは、どのようなものでしょうか。我々は、暗黙知の状態にある属人ノウハウを技術と技能に区分しています。技術は、属人ノウハウを文字や数式などで形式知化しやすく、標準化や自動化など全体作業レベルを底上げするものです。また技能は、人間が行う動作や動きで主観的なもので、人間を介在することのみで継承されるもので、標準化が難しいものと定義しています。
この定義の元で行なう技術伝承は、暗黙知の状態を可視化できるように形式知化すること、つまり人間が判断しながら行動している構造(頭の中)を見える化することです。具体的には、ノウハウをマニュアル化したり、動画の編集・蓄積、または伝承道場などでの集合教育などが主に行われています。一方、技能伝承は伝承者と継承者とがマンツーマンによりOJT(On the Job Training)を通じて、熟練ノウハウの伝承が行なわれています。しかし実際には、「俺の背中を見て学べ」的な発想で伝承が進められ、OJTで伝承を進める上での有効な手だてがとられていないのが実態です。このような技術・技能伝承を進めるにあたって、労働力の減少を前提として次世代へ引き継ぐコア技術・技能を絞り込むと共に、効果的に伝承を進めていく方法が求められています。
(2)モノづくりの環境変化と技術・技能伝承
新興国の技術レベルの向上とコモディティ化したローエンドモデルの台頭により、製造業は国際競争力を失い、厳しい経営環境にさらされています。このような環境変化に対応するため、日本の製造業はハイエンドモデルや付加価値貢献率が高い「商品企画や研究開発」、「保守やアフターサービス」など、バリューチェーンの川上と川下の工程へ経営資源をシフトしていかなければならない。モノづくりの人員配置や人員構成、必要な技術・技能もこのような観点から見直す段階にきているのです。
しかし、本来技術・技能伝承は、企業の付加価値向上のための人材育成として、また、技術や技能の伝承を事業継続という視点でとらえることが重要となります。このような目的を広くとらえずに、技術・技能伝承に取り組んだ会社は、使われない動画や陳腐化したマニュアルが氾濫したり、OJTがうまく進まない状況で、想うように技術・技能伝承が進んでいない結果となっていきます。
つまり、技術と技能の特性に合わせて、また事業成長に焦点を合わせ、目的を明確にする必要がありますが、実状は目先の事業を優先し、先送りされているのが実態です。これでは、製造業の置かれているモノづくりの課題に対しては、対応できません。このように次世代のモノづくりにむけ、技術・技能伝承の考え方を根本的に見直す段階にあると共に、就業構造の変化に対応し更なる生産性向上が急務になっています。
(3)なぜ技術・技能伝承が進まないのか
技術・技能伝承が思うように進まないのは、雇用延長や再雇用などの先送り型の小手先の対応だけでなく、技術・技能伝承の取り組み方自体に...