【ものづくりの人材育成とは 連載目次】
2.技術技能伝承に関する五つの誤解 誤解① 経験を積めば誰でも技術・技能伝承できる
「教えれば、誰でも習得できるはず」という思い込みがあります。実際には、仕事の全体像や仕事に必要な構成要素が継承者と伝承者で共通認識できていない場合、単に経験を積んだだけでは伝承できません。
経験が無い作業を実務経験が浅い初心者が最初に行う場合、熟練者が行っている事を初心者は通常理解出来ないでしょう。類似の経験がない初心者は、最初に観る作業マニュアルなどから背景や行間を読み取ることが難しいためです。初心者の視点でマニュアルなどが作成させていないのも一因です。例えば、熟練作業を素人の若手に教える場合、その熟練作業の流れや作業内容、重点作業ポイントやツール類の操作方法など作業の全体像と基礎知識を教えておく必要があります。しかし、事前学習がなく、実際に作業する場面でそれを行うと習得に時間が掛かったり、習得そのものをあきらめてしまうケースもあります。このように誰でも、実地で経験を積ませれば技術や技能を簡単に習得できるというものではありません。初心者である継承者は、類似経験がないとその作業全体をイメージすらできず、その場凌ぎの作業を行い、後工程で負荷が増加したり、トラブルを起こす原因を作ったりするのです。
伝承とは、「伝承者と継承者が、同じことができるようになること」、つまり「伝承者と継承者の考え方(判断基準)や行動、結果がほぼ同じになること」を指し、再現性が求められます。作業の本質や全体像を理解していない状態では、継承者に正しく技術や技能が伝わったかどうかもわかりません。
このようなことから、熟練者から経験値が少ない初心者へ高度な技術や技能を伝承しようとしても直接の伝承は難しく、熟練者から中堅社員へワンクッションおくなどの対応策が必要となります。しかし、多くの中小企業では景気変動の影響で、採用に偏りがあり、組織構造がアンバランスな状態で、必要な継承社員が確保できない場合も多いようです。また、今後の少子高齢化の進展から、若年労働者は増加しない前提で技術・技能伝承を考えておく必要もあり、自社の組織構成バランスを踏まえ、中長期的な観点から技術・技能伝承を考えなくてはいけません。
この誤解を克服するには、次世代へ継承すべき技術・技能の選択を行い、限られた資源をコア技能に集中することが重要となります。そのためには、組織対応、標準化、OffJT(Off the Job Training)の三つの視点にて取り組むことが必要です。
(1)組織構造に応じコア技能を見極める
技術・技能伝承の第一歩は、引き継ぐ者の確保です。しかし、職場や会社全体の組織構造(年齢・人員構成)がアンバランスな状態では、継承者を見つけることが難しい場合もあります。このような場合には、喪失する技術・技能の見極めが重要となります。時間的余裕があれば技術・技能マップを整備したうえで見極めをする必要がありますが、熟練者がいなくなるなど余裕がない場合は、次世代へ継承するコアの技術・技能を如何に選別するかが喫緊の課題となります。
コア技術・技能の見極めを行うには、社内にある伝承者のスキルと継承者の既存スキルを比較し、過不足の状況を見える化することから開始します。さらに、見える化した技術・技能を、事業への影響度と発生頻度により重要度を判定し、強化すべき技術・技能とその優先順位などを明確にします(図1)例えば、発生頻度は低くとも、近々技術・技能が喪失するような場合は、その事業の継続が困難になるため優先度は高くなります。このように事業継続(代替え生産)の可否、品質や作業負荷などの影響度を考慮し評価するのです。
図1.コア技術・技能の絞り込み例
評価の結果、事業への影響度が大きく発生頻度も高いコアの技術・技能である最重要スキルは優先的に伝承を推進することが必要となります。また、発生頻度は高いが事業への影響度が少ない標準化スキルなどは、労働力不足対策のために、省力化や自動化などに取り組むこととなります。
(2)技能の技術化により標準化を進める
人間が行う仕事のうち、7~8割は自動化や標準化が可能な技術的な業務であり、残りの2~3割が属人的な伝承が向いている技能的な業務です。しかし、技術的な仕事であるにもかかわらず、様々な理由により属人的な技能作業として行われている作業も多いようです。伝承期間の短縮や作業レベルをあげるには、この技能的な仕事を技術的な仕事へ移行することが重要です。例えば、力の入れ具合を数値化し、誰でもできる状態に標準化することなどが該当します。
技能の技術化を行うことは、技能作業の一部を標準化することであり、全体作業レベルが向上するため伝承期間の短縮が図られ若年者の負担軽減につながります。また、品質の向上が期待できたり、熟練者がより高度な作業や創造的な作業へ専念できる環境も整うことになります(図2)
図2.技術伝承と技能伝承の組み合わせ
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