最終回 技術伝承とは(その9)

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【技術伝承とは 連載目次】

 
 前回のその8に続いて解説します。暗黙知の可視化プロセスは、その6~8に分けて解説しました。今回は、その9です。
 

 改めて、技術・技能伝承がなぜ進まないかを考えましょう。

 

 グローバル化の進展により、日本を取り巻く環境は大きく変化しています。新興国の台頭や国際間競争の激化など、産業構造や就業構造そのものが変化していく現状では、その事に対応したモノづくりの自己変革が求められています。そして、経営資源が脆弱な中小企業、古い技術やシステムなどレガシー資産を抱える基幹産業や製造業、また構造的な問題を抱える業界などは、技術・技能伝承が進展していないため、モノづくりの自己変革が遅れて、このことが深刻な問題となっています。

 

 「教えれば、誰でも習得できるはず」という思い込みがあります。実際には、仕事の全体像や仕事に必要な構成要素が継承者と伝承者で共通認識できていない場合、単に経験を積んだだけでは伝承できません。

 

 経験が無い作業を実務経験が浅い初心者が最初に行う場合、熟練者が行っている事を初心者は通常理解出来ないでしょう。類似の経験がない初心者は、最初に観る作業マニュアルなどから背景や行間を読み取ることが難しいためです。初心者の視点でマニュアルなどが作成させていないのも一因です。例えば、熟練作業を素人の若手に教える場合、その熟練作業の流れや作業内容、重点作業ポイントやツール類の操作方法など作業の全体像と基礎知識を教えておく必要があります。しかし、事前学習がなく、実際に作業する場面でそれを行うと習得に時間が掛かったり、習得そのものをあきらめてしまうケースもあります。このように誰でも、実地で経験を積ませれば技術や技能を簡単に習得できるというものではありません。初心者である継承者は、類似経験がないとその作業全体をイメージすらできず、その場凌ぎの作業を行い、後工程で負荷が増加したり、トラブルを起こす原因を作ったりするのです。

 

 伝承とは、伝承者と継承者が、同じことができるようになること、つまり、伝承者と継承者の考え方(判断基準)や行動、結果がほぼ同じになることを指し、再現性が求められます。作業の本質や全体像を理解していない状態では、継承者に正しく技術や技能が伝わったかどうかもわかりません。

 

 このようなことから、熟練者から経験値が少ない初心者へ高度な技術や技能を伝承しようとしても直接の伝承は難しく、熟練者から中堅社員へワンクッションおくなどの対応策が必要となります。しかし、多くの中小企業では景気変動の影響で、採用に偏りがあり、組織構造がアンバランスな状態で、必要な継承社員が確保できない場合も多いようです。また、今後の少子高齢化の進展から、若年労働者は増加しない前提で技術・技能伝承を考えておく必要もあり、自社の組織構成バランスを踏まえ、中長期的な観点から技術・技能伝承を考えなくてはいけません。

 

 この誤解を克服するには、次世代へ継承すべき技術・技能の選択を行い、限られた資源をコア技能に集中することが重要となります。そのためには、組織対応、標準化、OffJT(Off the Job Training)の三つの視点にて取り組むことが必要です。

 

4. 平成の次の時代に向けて

 

4.1 あるべき技術の伝え方

 
 平成の次の時代へ向けて、どのような技術伝承をするべきなのでしょうか。
 
 技能伝承
 図6 技術伝承のあるべき姿
  
 通常行なわれている技術伝承は、図6.の縦軸のように特定の人物に対する人材育成、また知識やナレッジの共有化・蓄積を通じて幅広い人物に伝えるというのが一般的です。一方、この方法では投資対効果が見えないばかりか、達成までに非常に長い期間が必要となるケースが多いのです。このように人材育成、知識やナレッジの共有化・蓄積として対応する方法では、少子高齢社会のものづくりには対応できないと考えています。
 
 少子高齢社会のものづくりに対応した伝え方は、図6.の横軸のように「事業継続」や「生産性向上」の一環として取り組む必要があります。少子高齢社会でも継続的に生産性を上げて付加価値を増大していく必要があるため、通常業務の中で一般的に行われている作業改善を通じて伝えていくのです。
 
 つまり生産性向上の一環として本来の通常業務の中で、意識せずに暗黙知の可視化を行い、技術を伝えていくのです。それらの取り組みの結果は事業への貢献度も明確となるため、比較的投資も投入しやすくなります。組織の管理職が中心となりあるべき姿に向けて、通常業務の中で情報を共有する仕組みを作り、組織のバランスをみて、技術やノウハウの体系的整理を行い、組織的に技術を伝えていく必要があるのです。
 

4.2 教え合う環境作り

 
 通常業務の中で伝えていく方法のひとつとして、職場内で教え合う環境を作るという方法もあります。技術伝承の実態アンケートによると、伝承がうまくいっているケースでは職場で先輩から後輩・同僚に教え合う環境が作られていたのです。職場の管理職の役割や想いに因るところが大きいのですが、そのような教え合う環境を職場内で意図的に作っておければ、暗黙知を可視化・形式知化する必要性もなくなり、伝えるということを意識して行動する必要はなくなるのです。
 
 管理職による意識的な実践の積み重ねが日々重要となります.また教え合う環境のひとつの方法として AAR(After Action Review,振り返り会) という方法もあります。アメリカ陸軍が考案した手法ですが、身近なところではアメフトやバスケットなどの試合後の振り返りによく見られるやり方です。
 
 多くの企業でも活用されており、トラブルや事故などが発生した際に、関係者全員が集まり、「なぜそのようなことになったのか」 「本来どうあるべきだったのか」 といった観点で気づきを抽出・共有し、「今後どうすべきか」 という改善案を全員合意の上で検討していくものです。反省会ではないので個人攻撃を行なわず、全員で情報を共有していくことに主眼が置かれており、日々の気づきを共有して整理しておくもので、成果も大きいため是非実践してみてほしいものです。
 

4.3 ものづくりDNAの継承

 
 日本には昔から伝統を大切にする文化が引き継がれています。1000年以上の歴史がある長寿企業が多いのもそのような伝統を大切にするわが国の文化の結果でこれは世界に類をみないことです。つまり我々日本には、先代や先々代が苦労して作り上げた技術・ノウハウを大切に守り、後世により良くして伝えていくという文化が根付いているのです。先代から培われた品質...

【技術伝承とは 連載目次】

 
 前回のその8に続いて解説します。暗黙知の可視化プロセスは、その6~8に分けて解説しました。今回は、その9です。
 

 改めて、技術・技能伝承がなぜ進まないかを考えましょう。

 

 グローバル化の進展により、日本を取り巻く環境は大きく変化しています。新興国の台頭や国際間競争の激化など、産業構造や就業構造そのものが変化していく現状では、その事に対応したモノづくりの自己変革が求められています。そして、経営資源が脆弱な中小企業、古い技術やシステムなどレガシー資産を抱える基幹産業や製造業、また構造的な問題を抱える業界などは、技術・技能伝承が進展していないため、モノづくりの自己変革が遅れて、このことが深刻な問題となっています。

 

 「教えれば、誰でも習得できるはず」という思い込みがあります。実際には、仕事の全体像や仕事に必要な構成要素が継承者と伝承者で共通認識できていない場合、単に経験を積んだだけでは伝承できません。

 

 経験が無い作業を実務経験が浅い初心者が最初に行う場合、熟練者が行っている事を初心者は通常理解出来ないでしょう。類似の経験がない初心者は、最初に観る作業マニュアルなどから背景や行間を読み取ることが難しいためです。初心者の視点でマニュアルなどが作成させていないのも一因です。例えば、熟練作業を素人の若手に教える場合、その熟練作業の流れや作業内容、重点作業ポイントやツール類の操作方法など作業の全体像と基礎知識を教えておく必要があります。しかし、事前学習がなく、実際に作業する場面でそれを行うと習得に時間が掛かったり、習得そのものをあきらめてしまうケースもあります。このように誰でも、実地で経験を積ませれば技術や技能を簡単に習得できるというものではありません。初心者である継承者は、類似経験がないとその作業全体をイメージすらできず、その場凌ぎの作業を行い、後工程で負荷が増加したり、トラブルを起こす原因を作ったりするのです。

 

 伝承とは、伝承者と継承者が、同じことができるようになること、つまり、伝承者と継承者の考え方(判断基準)や行動、結果がほぼ同じになることを指し、再現性が求められます。作業の本質や全体像を理解していない状態では、継承者に正しく技術や技能が伝わったかどうかもわかりません。

 

 このようなことから、熟練者から経験値が少ない初心者へ高度な技術や技能を伝承しようとしても直接の伝承は難しく、熟練者から中堅社員へワンクッションおくなどの対応策が必要となります。しかし、多くの中小企業では景気変動の影響で、採用に偏りがあり、組織構造がアンバランスな状態で、必要な継承社員が確保できない場合も多いようです。また、今後の少子高齢化の進展から、若年労働者は増加しない前提で技術・技能伝承を考えておく必要もあり、自社の組織構成バランスを踏まえ、中長期的な観点から技術・技能伝承を考えなくてはいけません。

 

 この誤解を克服するには、次世代へ継承すべき技術・技能の選択を行い、限られた資源をコア技能に集中することが重要となります。そのためには、組織対応、標準化、OffJT(Off the Job Training)の三つの視点にて取り組むことが必要です。

 

4. 平成の次の時代に向けて

 

4.1 あるべき技術の伝え方

 
 平成の次の時代へ向けて、どのような技術伝承をするべきなのでしょうか。
 
 技能伝承
 図6 技術伝承のあるべき姿
  
 通常行なわれている技術伝承は、図6.の縦軸のように特定の人物に対する人材育成、また知識やナレッジの共有化・蓄積を通じて幅広い人物に伝えるというのが一般的です。一方、この方法では投資対効果が見えないばかりか、達成までに非常に長い期間が必要となるケースが多いのです。このように人材育成、知識やナレッジの共有化・蓄積として対応する方法では、少子高齢社会のものづくりには対応できないと考えています。
 
 少子高齢社会のものづくりに対応した伝え方は、図6.の横軸のように「事業継続」や「生産性向上」の一環として取り組む必要があります。少子高齢社会でも継続的に生産性を上げて付加価値を増大していく必要があるため、通常業務の中で一般的に行われている作業改善を通じて伝えていくのです。
 
 つまり生産性向上の一環として本来の通常業務の中で、意識せずに暗黙知の可視化を行い、技術を伝えていくのです。それらの取り組みの結果は事業への貢献度も明確となるため、比較的投資も投入しやすくなります。組織の管理職が中心となりあるべき姿に向けて、通常業務の中で情報を共有する仕組みを作り、組織のバランスをみて、技術やノウハウの体系的整理を行い、組織的に技術を伝えていく必要があるのです。
 

4.2 教え合う環境作り

 
 通常業務の中で伝えていく方法のひとつとして、職場内で教え合う環境を作るという方法もあります。技術伝承の実態アンケートによると、伝承がうまくいっているケースでは職場で先輩から後輩・同僚に教え合う環境が作られていたのです。職場の管理職の役割や想いに因るところが大きいのですが、そのような教え合う環境を職場内で意図的に作っておければ、暗黙知を可視化・形式知化する必要性もなくなり、伝えるということを意識して行動する必要はなくなるのです。
 
 管理職による意識的な実践の積み重ねが日々重要となります.また教え合う環境のひとつの方法として AAR(After Action Review,振り返り会) という方法もあります。アメリカ陸軍が考案した手法ですが、身近なところではアメフトやバスケットなどの試合後の振り返りによく見られるやり方です。
 
 多くの企業でも活用されており、トラブルや事故などが発生した際に、関係者全員が集まり、「なぜそのようなことになったのか」 「本来どうあるべきだったのか」 といった観点で気づきを抽出・共有し、「今後どうすべきか」 という改善案を全員合意の上で検討していくものです。反省会ではないので個人攻撃を行なわず、全員で情報を共有していくことに主眼が置かれており、日々の気づきを共有して整理しておくもので、成果も大きいため是非実践してみてほしいものです。
 

4.3 ものづくりDNAの継承

 
 日本には昔から伝統を大切にする文化が引き継がれています。1000年以上の歴史がある長寿企業が多いのもそのような伝統を大切にするわが国の文化の結果でこれは世界に類をみないことです。つまり我々日本には、先代や先々代が苦労して作り上げた技術・ノウハウを大切に守り、後世により良くして伝えていくという文化が根付いているのです。先代から培われた品質やサービスなどのルールに対して、当たり前のこととして、こだわって行なうことが日本企業の強みになっているのです。
 
 日本企業のポテンシャルを高めるカギは、このようなものづくりのDNAを伝えるポイントとして、コア技術・ノウハウを見極めることです。そのうえで「何を伝えていくのか」、「いかに伝えるか」ではなく「新しく何を作り出していくか」ということを念頭においてものづくりDNAの継承に取り組めば、日本企業、ひいては日本のものづくりのポテンシャルはますます高まっていくと思われます。「新しく何を作り出していくか」ということを、ものづくりに携わる全ての関係者に心がけていってほしいのです。またこのようなものづくりのDNAを、多くの技術者が平成の次の世代へ伝えていってほしいと考えます。
 
 
【参考文献】
1) 野中帝二:「失敗しない技術・技能伝承メソッド」,工場管理, 64, 4 (2018).
2) 野中帝二:「日本の強みを活かす技術・技能の革新と継承」, グローバルエッジ, Spring, 41 (2015).
3) 野中帝二・安部純一:「組織における知の継承」, 特技懇 Jan., 268 (2013).
4) 畑村洋太郎:「組織を強くする技術の伝え方」, 講談社現代新書 (2006)。

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この記事の著者

野中 帝二

労働人口が減少する中、生産性を維持・向上しつつ、収益性を向上するための支援を行います。特に自律的な改善活動の醸成や少子高齢化での経営など労働環境変化に対応した解決策をサポート致します。

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