『坂の上の雲』に学ぶ先人の知恵(その14)

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  人的資源マネジメント
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『論理的思考を強化せよ』の章、解説を進めています。
 

3. 現実に拘泥するな

 
 拘泥する(こだわる)とは小さなことに執着して融通がきかないことの意です。現状にこだわらず、よりよい姿、あるべき姿を考えるということです。ビルを動かすぐらいの攻城砲を動かして、攻撃の主力にしたのは児玉の観察眼でした。大変な仕事ではあるけれども工事は不可能ではない、と観察したのでしょう。
 
 現場の人間は現実的に、「いやいや、そんな~。ビルを移動するような話は簡単にはできませんよ」という感覚だったと思います。しかし、児玉は大変だけどやりなさい、と現実には拘泥しないのでした。これが実現して局面の大転換になったのです。旅順要塞は落ち、ロシア軍の司令官ステッセルは「あの攻城砲に負けました」と言っているのです。
 

4. 現実的に処理せよ

 
 三現主義の最後に出てくるのは現実的に処理せよ、です。現実的にとは、時と場合によっては自由な発想を阻害するのです。児玉源太郎のように、発想力の豊かな人がいたからいいのですが、普通なら現場ができないといえば、もう終わりになってしまい、帰ってくるでしょう。
 
 現実的に処理するためには、机上の計算に基づいた意見を重視することも大切です。「大変だけど、不可能とは言っていないんだよね。1か月でできると言うなら、もっと短い案はないの?」と。
 
 三現主義の現実的という意味を正しく理解しないといけません。文字どおりに考えてしまうと、すぐ安易な妥協をしてしまいがちです。現実的に処理するとは、今までの経験や常識ではないからやめるとか、やらないとかではなく、ちょっと考えればもっといい案でしかも効果的なやり方があるのではないか、時と場合に応じてそこまで考えてから処理しなさい、と理解する必要があります。この点が誤解されているのです。今すぐできることだけが「現実的」ということではないのです。
 

5. わずかな可能性でも成功のシナリオをつくる

 
 ふつうは危険な綱渡りと思われることでも、必要に迫られることがあります。大変な綱渡りで、細い道筋だがここを渡れば必ずそこにはある、というものが世の中にはあるのです。「戦略は大胆に、戦術は細心に」と言われます。たとえば、『三国志』で出てくる「赤壁の戦い」。大胆な戦略で、戦術的には非常に細かいものを積み上げていく。兵力は100万人対 20万人。それでも見事に少数派が多数派をやっつける。
 
 日露戦争にしても、外国では「もうこれに負ければ、日本は終わり」と見えていたようです(もちろん日本の政府も同じように見ていた)。日本はもう背水の陣以上です。外国のメディアも、新聞の風刺画では、坂の上の雲ミュージアムにあるが、巨人に追いつめられた小人が断崖絶壁に立つとか、大きなクマに立ち向かう小男などの表現ばかりでした。普通に考えれば大国ロシアと戦うことは無謀なことです。多少のプラス要因は、小さな日本を応援するイギリスの存在でした。
 
 ただイギリスも日本が勝つと思っていないのでした。イギリスの想定した最も理想的な姿は、ロシアが戦争で国力を消耗し、日本もへとへとになり、両国とも国力を大幅に低下させてしまうことでした。日本が勝つことなどまったく期待していないのでした。当時のイギリスは東アジアへの介入の余力が手薄な状態でした。ロシアがそこで勝手なことをしなければいいのであり、イギリス自体も日本が勝つとは思わないため、一生懸命日本に肩入れするのです。
 
 日本としては、細心に戦争のシナリオをつくっているのです。ロシアは、もともと負けると思っていないので、すべてがずさんになっていたでしょう。ロシア帝国の悪い官僚主義で、特に陸軍では現地で足の引っ張り合いがさかんに起こるのです。海軍は現場での足の引っ張り合いはなかったようですが、遠征中のバルチック艦隊を応援すべき本国の官僚が怠慢で必要なことをまったく何もしないのでした。
 
 酷暑のマダガスカル島で全艦隊は2か月もの足止めにあったりする。陸軍では現地で足の引っ張り合い、海軍では官僚の怠慢があった。日本軍は相手のエラー、つまり敵失で助けられたところも大きかったでしょう。日本は無謀な戦争、綱渡りとわかっていたから、戦争を大胆に始めたけれども、戦術は細心に進めたのです。戦略と戦術の関係について、理想的なお手本ではないかと思います。
 
 イギリスはロシアの存在が東アジアで大きくなることを望まない時代であり、日本はその時代の趨勢に乗ったのです。わずかな可能性でも成功のシナリオを細心につくれば、成就する一つの大きな例です。ところが、戦後は危険な綱渡りだったことを忘れてしまい、敵失が大きかったこともケロリと忘れて実力で勝ったと勘違いをしたのです。そこから、日露戦争後の不幸が始まりました。プロジェクトマネジメントでいうと、振り返りをまじめにやらなかったことになります。
 
 なぜうまくいったのかをまじめに振り返りしていれば、それだけでも後の第二次世界大戦を起こすことはなかったでしょうが、起こしたとしても違う展開になっただろうと思います。あってはならないことに備えるリスク対策は、日本人にとって非常に苦手な領域だと思います。日本は海で守られているから、リスクといえば天災しかなかったのです。ことわざでも「地震雷火事おやじ」と言っているでしょう。
 
 朝鮮半島では、昔から、高句麗、新羅、百済、それに必ず中国大陸のどこかが攻めてくる。最初は唐で元、明、清。それがことごとく朝鮮半島...
  人的資源マネジメント
 『坂の上の雲』は司馬遼太郎が残した多くの作品の中で、最もビジネス関係者が愛読しているものの一つでしょう。これには企業がビジネスと言う戦場で勝利をおさめる為のヒントが豊富に隠されています。『坂の上の雲』に学ぶマネジメント、『論理的思考を強化せよ』の章、解説を進めています。
 

3. 現実に拘泥するな

 
 拘泥する(こだわる)とは小さなことに執着して融通がきかないことの意です。現状にこだわらず、よりよい姿、あるべき姿を考えるということです。ビルを動かすぐらいの攻城砲を動かして、攻撃の主力にしたのは児玉の観察眼でした。大変な仕事ではあるけれども工事は不可能ではない、と観察したのでしょう。
 
 現場の人間は現実的に、「いやいや、そんな~。ビルを移動するような話は簡単にはできませんよ」という感覚だったと思います。しかし、児玉は大変だけどやりなさい、と現実には拘泥しないのでした。これが実現して局面の大転換になったのです。旅順要塞は落ち、ロシア軍の司令官ステッセルは「あの攻城砲に負けました」と言っているのです。
 

4. 現実的に処理せよ

 
 三現主義の最後に出てくるのは現実的に処理せよ、です。現実的にとは、時と場合によっては自由な発想を阻害するのです。児玉源太郎のように、発想力の豊かな人がいたからいいのですが、普通なら現場ができないといえば、もう終わりになってしまい、帰ってくるでしょう。
 
 現実的に処理するためには、机上の計算に基づいた意見を重視することも大切です。「大変だけど、不可能とは言っていないんだよね。1か月でできると言うなら、もっと短い案はないの?」と。
 
 三現主義の現実的という意味を正しく理解しないといけません。文字どおりに考えてしまうと、すぐ安易な妥協をしてしまいがちです。現実的に処理するとは、今までの経験や常識ではないからやめるとか、やらないとかではなく、ちょっと考えればもっといい案でしかも効果的なやり方があるのではないか、時と場合に応じてそこまで考えてから処理しなさい、と理解する必要があります。この点が誤解されているのです。今すぐできることだけが「現実的」ということではないのです。
 

5. わずかな可能性でも成功のシナリオをつくる

 
 ふつうは危険な綱渡りと思われることでも、必要に迫られることがあります。大変な綱渡りで、細い道筋だがここを渡れば必ずそこにはある、というものが世の中にはあるのです。「戦略は大胆に、戦術は細心に」と言われます。たとえば、『三国志』で出てくる「赤壁の戦い」。大胆な戦略で、戦術的には非常に細かいものを積み上げていく。兵力は100万人対 20万人。それでも見事に少数派が多数派をやっつける。
 
 日露戦争にしても、外国では「もうこれに負ければ、日本は終わり」と見えていたようです(もちろん日本の政府も同じように見ていた)。日本はもう背水の陣以上です。外国のメディアも、新聞の風刺画では、坂の上の雲ミュージアムにあるが、巨人に追いつめられた小人が断崖絶壁に立つとか、大きなクマに立ち向かう小男などの表現ばかりでした。普通に考えれば大国ロシアと戦うことは無謀なことです。多少のプラス要因は、小さな日本を応援するイギリスの存在でした。
 
 ただイギリスも日本が勝つと思っていないのでした。イギリスの想定した最も理想的な姿は、ロシアが戦争で国力を消耗し、日本もへとへとになり、両国とも国力を大幅に低下させてしまうことでした。日本が勝つことなどまったく期待していないのでした。当時のイギリスは東アジアへの介入の余力が手薄な状態でした。ロシアがそこで勝手なことをしなければいいのであり、イギリス自体も日本が勝つとは思わないため、一生懸命日本に肩入れするのです。
 
 日本としては、細心に戦争のシナリオをつくっているのです。ロシアは、もともと負けると思っていないので、すべてがずさんになっていたでしょう。ロシア帝国の悪い官僚主義で、特に陸軍では現地で足の引っ張り合いがさかんに起こるのです。海軍は現場での足の引っ張り合いはなかったようですが、遠征中のバルチック艦隊を応援すべき本国の官僚が怠慢で必要なことをまったく何もしないのでした。
 
 酷暑のマダガスカル島で全艦隊は2か月もの足止めにあったりする。陸軍では現地で足の引っ張り合い、海軍では官僚の怠慢があった。日本軍は相手のエラー、つまり敵失で助けられたところも大きかったでしょう。日本は無謀な戦争、綱渡りとわかっていたから、戦争を大胆に始めたけれども、戦術は細心に進めたのです。戦略と戦術の関係について、理想的なお手本ではないかと思います。
 
 イギリスはロシアの存在が東アジアで大きくなることを望まない時代であり、日本はその時代の趨勢に乗ったのです。わずかな可能性でも成功のシナリオを細心につくれば、成就する一つの大きな例です。ところが、戦後は危険な綱渡りだったことを忘れてしまい、敵失が大きかったこともケロリと忘れて実力で勝ったと勘違いをしたのです。そこから、日露戦争後の不幸が始まりました。プロジェクトマネジメントでいうと、振り返りをまじめにやらなかったことになります。
 
 なぜうまくいったのかをまじめに振り返りしていれば、それだけでも後の第二次世界大戦を起こすことはなかったでしょうが、起こしたとしても違う展開になっただろうと思います。あってはならないことに備えるリスク対策は、日本人にとって非常に苦手な領域だと思います。日本は海で守られているから、リスクといえば天災しかなかったのです。ことわざでも「地震雷火事おやじ」と言っているでしょう。
 
 朝鮮半島では、昔から、高句麗、新羅、百済、それに必ず中国大陸のどこかが攻めてくる。最初は唐で元、明、清。それがことごとく朝鮮半島にちょっかいを出す。おまけに日露戦争のときは、日本、ロシアが来るなど地理的に大変なところに位置している国でした。天災しかなかった日本とはまったく違うのです。
 
 日本人の間では何をリスクと考え、何をリスク対策として考えているか。せいぜい生命保険や自動車保険、住宅の火災保険くらいのものではないでしょうか。木造の家屋が多く、火災がいったん発生すると損害は大きくなるのです。リスク対策の考え方は日本にはきわめて薄いように感じます。リスクに関することわざと言えば、有名なものは「転ばぬ先の杖」とか「備えあれば憂いなし」くらいです。
 
 日露戦争のときを考えると、朝鮮半島は日本の安全にとって緩衝地帯と考えられていたのです。そこにロシアが勢力を拡大して、もしロシアに取られてしまうことになれば、日本の生命線を取られてしまったのも同じであると当時の日本は考えていたのです。
 
【出典】
 津曲公二 著「坂の上の雲」に学ぶ、勝てるマネジメント 総合法令出版株式会社発行
 筆者のご承諾により、抜粋を連載。
  
    

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この記事の著者

津曲 公二

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