個別的な計算方法 エネルギー比型SN比とは (その7)

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4.3. 従来のSN比の課題(3) ~個別的な計算方法~

 2.4で従来のSN比が細かく分類されていることを示しましたが、エネルギー比型SN比ほとんどのSN比を1つの考え方と数理の中で運用することができます。なお、エネルギー比型SN比でもメニューでは「ゼロ点比例式」と「非線形の標準SN比」に分かれていますが、表示される定義式Sβ/SNは同じであることが確認できます。入力信号をもとの信号値Mとするのか(ゼロ点比例式の場合)、新しい入力信号Mとして、標準条件N0の出力を用いるのか(非線形の標準SN比の場合)の違いです。動特性の2つのSN比(ゼロ点比例式のSN比、標準SN比)についてはすでに述べたので、静特性のSN比の場合について述べます。基本の考え方は「2乗和に分解して、有効成分と有害成分に分けてそれらの比を取る」ということです。 

(1)静特性のSN比

(1-1)望小特性のSN比

 全変動STを平均の成分Smとばらつきの成分Seに分解して考えると、望小特性ではSmSeも小さいほうが望ましいため、いずれも有害成分です。有効成分はないので、便宜上1と定義します。これを1データあたりに基準化して、以下のようになります。これは結果的に従来のSN比と同一になります。

 SN比

式 4.3.1 

(1-2)望大特性のSN比

 望大特性はその定義から、まずもとのデータyの逆数1/yを評価するというものですので、望小特性と同一の式になります。したがって、結果的に従来のSN比と同一になります。 

(1-3)望目特性のSN比

 全変動STを平均の成分Smとばらつきの成分Seに分解して考えますと、望目特性ではSmは有効成分で大きいほどよく、Seは有害成分で小さくなってほしいため、これらをそれぞれ1データあたりに基準化して、比をとります。

 SN

式 4.3.2 

(1-4)ゼロ望目特性

 全変動STを平均の成分Smとばらつきの成分に分解Seして考えますと、ゼロ望目特性ではSmは有効成分でも有害成分でもない無効成分となります。平均値は最終的にゼロに調整(校正)可能と考え、その大きさは安定性の評価に含めません。Seは有害成分で小さくなってほしいのです。有効成分はないので、便宜上1と定義します。これを1データあたりに基準化して、以下のようになります。従来のSN比とは、自由度(n-1)で割るのかデータ数nで割るのかの違いです。

SN比

式 4.3.3 

4.4. 従来のSN比の課題(4) ~計算の複雑さ(使用面、教育面での困難性)

 エネルギー比型SN比は式の形から分かりますように、Veの計算(そのための交互作用項への分解)や自由度の考え方が不要であるため、計算が理解しやすく簡便です。用いる数理は、2乗和の分解だけです。全2乗和STと有効エネルギー成分Sβが求まれば、有害エネルギー成分はSTSβで求められ、SN×β等への分解は不要です。

SN比

式 4.3.4 

【4.4 節の補足

 エネルギー比型SN比において、SN比の分子のSβからVeを引く必要がないと考える数理的な理由、品質工学の思想からくる理由、実務的な理由をいくつか挙げることができますが本稿では割愛します。ここでは、健常な事例ではSβに比べてVeは非常に小さな値であるという理由だけで、実務上は十分です。品質工学会誌に掲載された報文において、標準SN比を用いた40事例を調査した結果、VeSβに対する比は平均1:3000にすぎません。

 なお、公知の事例でも、自由度の計算や2乗和の分解の計算を間違えているものが散見されます。これは、計算の複雑さ、理解へのハードルの高さに原因の一端を求めることができるでしょう。なぜそのような計算方法になっているのかの理解や、後進への教育の局面で、あまり本質的でない複雑な数理の部分で時間をかけるのは効率的ではありません。 

【4 節全体の補足】

 2および4で従来SN比の4つの課題とそれに対するエネルギー比型SN比における解決策、その効果を検証してきました。ここでは、エネルギー比型SN比におけるそのほかの利点を付記します。

 エネルギー比型SN比の他の利点として、SN比の絶対値化が挙げられます。機能の安定性の相対比較に用いられてきた従来のSN比を、ノイズ因子による傾き(入出力の変換効率、変換係数)の変化率という指標にしたのです。つまり摂氏温度のように差だけに意味があるのでなく、絶対温度のように原点や比に意味を持つ尺度となりました。たとえば機能の入出力のグラフ上で、傾きの大きさの1%ばらついていれば40db、10%ばらついていれば20dbとなります。そのため、機能の安定性やMTシステムの予測精度に用いるSN比に対して、「◯db以上」といった目標値を設定することが初めて可能となります。また、グラフのばらつきのイメージとSN比の値そのものに対応がつくため、計算間違いがあった場合に気が付きやすいことも実務的には重要です。本稿では割愛しましたが、エネルギー比型SN比は品質工学の重要な評価指標である「損失関数」とも完全に整合する尺度になっており1)、その点でも使いやすく、品質工学の本意に沿うものです。

◆関連解説『品質工学(タグチメソッド)とは』

 

5. おわりに

 本稿ではエネルギー比型SN比の特徴やメリットを分かりやすく説明するために機能性評価(2つの評価対象間の比較)の例を示しましたが、当然ながら従来SN比で発生する前述の課題はすべて、パラメータ設計でも発生します。パラメータ設計の内側直交表(制御因子を割り付ける直交表)の実験No.ごとに、入力信号の大きさや、データ数が異なるケースでは、SN比が公平に比較されないので、要因効果図での水準選択判断に影響を与えます。余計な手間をかけたり、心配をすることなく、妥当な要因効果図を得るためには、エネルギー比型SN比の使用を勧めます。また、エネルギー比型SN比を計算する場合に、標示因子がある場合や、データが不揃いの場合(ノイズ因子水準間で信号水準が異なる、欠測値がある等)で、実務上計算方法に迷うかもしれません。新刊の著書「エネルギー比型SN比」12)に詳しい計算方法と、ExcelのSN比計算ソフトウェア(無償ダウンロード版)を同梱しましたので、そちらも参照して下さい。また、機能性評価についての基本的、実践的な内容については著書「これでわかった!超実践品質工学」13)に詳しく述べました。合わせて参照願えれば幸いです。 

【参考文献(エネルギー比型SN比とは 、その1~7)】

1) 鐡見, 太田, 清水, 鶴田:「品質工学で用いるSN比の再検討」, 『品質工学』, 18, 4, (2010), pp80-88 .

2) 鶴田, 太田, 鐡見, 清水:「新SN比の研究(1)~(5)」, 『第16回品質工学研究発表大会論文集』, (2008), pp.410-429.

3) たとえば、田口, 矢野, 品質工学会:『品質工学便覧』, 日刊工業新聞社, (2007)

4) 田口玄一: 「22章 計測法のための実験計画とSN比」, 『第3版実験計画法』, (1977...

4.3. 従来のSN比の課題(3) ~個別的な計算方法~

 2.4で従来のSN比が細かく分類されていることを示しましたが、エネルギー比型SN比ほとんどのSN比を1つの考え方と数理の中で運用することができます。なお、エネルギー比型SN比でもメニューでは「ゼロ点比例式」と「非線形の標準SN比」に分かれていますが、表示される定義式Sβ/SNは同じであることが確認できます。入力信号をもとの信号値Mとするのか(ゼロ点比例式の場合)、新しい入力信号Mとして、標準条件N0の出力を用いるのか(非線形の標準SN比の場合)の違いです。動特性の2つのSN比(ゼロ点比例式のSN比、標準SN比)についてはすでに述べたので、静特性のSN比の場合について述べます。基本の考え方は「2乗和に分解して、有効成分と有害成分に分けてそれらの比を取る」ということです。 

(1)静特性のSN比

(1-1)望小特性のSN比

 全変動STを平均の成分Smとばらつきの成分Seに分解して考えると、望小特性ではSmSeも小さいほうが望ましいため、いずれも有害成分です。有効成分はないので、便宜上1と定義します。これを1データあたりに基準化して、以下のようになります。これは結果的に従来のSN比と同一になります。

 SN比

式 4.3.1 

(1-2)望大特性のSN比

 望大特性はその定義から、まずもとのデータyの逆数1/yを評価するというものですので、望小特性と同一の式になります。したがって、結果的に従来のSN比と同一になります。 

(1-3)望目特性のSN比

 全変動STを平均の成分Smとばらつきの成分Seに分解して考えますと、望目特性ではSmは有効成分で大きいほどよく、Seは有害成分で小さくなってほしいため、これらをそれぞれ1データあたりに基準化して、比をとります。

 SN

式 4.3.2 

(1-4)ゼロ望目特性

 全変動STを平均の成分Smとばらつきの成分に分解Seして考えますと、ゼロ望目特性ではSmは有効成分でも有害成分でもない無効成分となります。平均値は最終的にゼロに調整(校正)可能と考え、その大きさは安定性の評価に含めません。Seは有害成分で小さくなってほしいのです。有効成分はないので、便宜上1と定義します。これを1データあたりに基準化して、以下のようになります。従来のSN比とは、自由度(n-1)で割るのかデータ数nで割るのかの違いです。

SN比

式 4.3.3 

4.4. 従来のSN比の課題(4) ~計算の複雑さ(使用面、教育面での困難性)

 エネルギー比型SN比は式の形から分かりますように、Veの計算(そのための交互作用項への分解)や自由度の考え方が不要であるため、計算が理解しやすく簡便です。用いる数理は、2乗和の分解だけです。全2乗和STと有効エネルギー成分Sβが求まれば、有害エネルギー成分はSTSβで求められ、SN×β等への分解は不要です。

SN比

式 4.3.4 

【4.4 節の補足

 エネルギー比型SN比において、SN比の分子のSβからVeを引く必要がないと考える数理的な理由、品質工学の思想からくる理由、実務的な理由をいくつか挙げることができますが本稿では割愛します。ここでは、健常な事例ではSβに比べてVeは非常に小さな値であるという理由だけで、実務上は十分です。品質工学会誌に掲載された報文において、標準SN比を用いた40事例を調査した結果、VeSβに対する比は平均1:3000にすぎません。

 なお、公知の事例でも、自由度の計算や2乗和の分解の計算を間違えているものが散見されます。これは、計算の複雑さ、理解へのハードルの高さに原因の一端を求めることができるでしょう。なぜそのような計算方法になっているのかの理解や、後進への教育の局面で、あまり本質的でない複雑な数理の部分で時間をかけるのは効率的ではありません。 

【4 節全体の補足】

 2および4で従来SN比の4つの課題とそれに対するエネルギー比型SN比における解決策、その効果を検証してきました。ここでは、エネルギー比型SN比におけるそのほかの利点を付記します。

 エネルギー比型SN比の他の利点として、SN比の絶対値化が挙げられます。機能の安定性の相対比較に用いられてきた従来のSN比を、ノイズ因子による傾き(入出力の変換効率、変換係数)の変化率という指標にしたのです。つまり摂氏温度のように差だけに意味があるのでなく、絶対温度のように原点や比に意味を持つ尺度となりました。たとえば機能の入出力のグラフ上で、傾きの大きさの1%ばらついていれば40db、10%ばらついていれば20dbとなります。そのため、機能の安定性やMTシステムの予測精度に用いるSN比に対して、「◯db以上」といった目標値を設定することが初めて可能となります。また、グラフのばらつきのイメージとSN比の値そのものに対応がつくため、計算間違いがあった場合に気が付きやすいことも実務的には重要です。本稿では割愛しましたが、エネルギー比型SN比は品質工学の重要な評価指標である「損失関数」とも完全に整合する尺度になっており1)、その点でも使いやすく、品質工学の本意に沿うものです。

◆関連解説『品質工学(タグチメソッド)とは』

 

5. おわりに

 本稿ではエネルギー比型SN比の特徴やメリットを分かりやすく説明するために機能性評価(2つの評価対象間の比較)の例を示しましたが、当然ながら従来SN比で発生する前述の課題はすべて、パラメータ設計でも発生します。パラメータ設計の内側直交表(制御因子を割り付ける直交表)の実験No.ごとに、入力信号の大きさや、データ数が異なるケースでは、SN比が公平に比較されないので、要因効果図での水準選択判断に影響を与えます。余計な手間をかけたり、心配をすることなく、妥当な要因効果図を得るためには、エネルギー比型SN比の使用を勧めます。また、エネルギー比型SN比を計算する場合に、標示因子がある場合や、データが不揃いの場合(ノイズ因子水準間で信号水準が異なる、欠測値がある等)で、実務上計算方法に迷うかもしれません。新刊の著書「エネルギー比型SN比」12)に詳しい計算方法と、ExcelのSN比計算ソフトウェア(無償ダウンロード版)を同梱しましたので、そちらも参照して下さい。また、機能性評価についての基本的、実践的な内容については著書「これでわかった!超実践品質工学」13)に詳しく述べました。合わせて参照願えれば幸いです。 

【参考文献(エネルギー比型SN比とは 、その1~7)】

1) 鐡見, 太田, 清水, 鶴田:「品質工学で用いるSN比の再検討」, 『品質工学』, 18, 4, (2010), pp80-88 .

2) 鶴田, 太田, 鐡見, 清水:「新SN比の研究(1)~(5)」, 『第16回品質工学研究発表大会論文集』, (2008), pp.410-429.

3) たとえば、田口, 矢野, 品質工学会:『品質工学便覧』, 日刊工業新聞社, (2007)

4) 田口玄一: 「22章 計測法のための実験計画とSN比」, 『第3版実験計画法』, (1977), pp.611-618

5) 田口, 横山:『ベーシックオフライン品質工学』, 日本規格協会, (2007), pp.57-71.

6) 田口, 横山:『ベーシックオフライン品質工学』, 日本規格協会, (2007), pp.77-82.

7) 三菱電機(株):「技術品質評価のための新しい評価尺度-エネルギー比型SN比-」, 『三菱電機技報』, 85, 1, (2011), p44.

8) たとえば、奈良, 石坪, 志村, 理寛寺:「機能性評価による小型DCモータの最適化」, 『品質工学』, 9, 5, (2001), pp.34-41.

9) たとえば、矢野, 西内, 小山, 北崎, 木村:「医薬品の噴霧乾燥の品質工学による機能性評価」, 『品質工学』, 5, 5, (1997), pp.29-37.

10) たとえば、矢野,早川:「MTシステムによる地震の予測の可能性の研究」, 『標準化と品質管理』, 62, 7, (2009), pp.27-40.

11) 鶴田, 太田, 鐡見, 清水:「新SN比の研究(1)」, 『第16回品質工学研究発表大会論文集』, (2008), pp.410-413. 

12) 鶴田明三:『エネルギー比型SN比~技術クオリティを見える化する新しい指標』, 日科技連出版社, (2016).

13) 鶴田明三:『これでわかった!超実践品質工学』, 日本規格協会, (2016).

 

◆関連解説『品質工学(タグチメソッド)とは』

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この記事の著者

鶴田 明三

独自の設計品質評価・改善メソッド“超実践品質工学”で、技術者の 成長を重視して徹底支援。大手電機メーカで23年間培った豊富な指導経験 で、御社製品と仕事の進め方の品質・生産性向上をお手伝いします。

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