技術評価におけるSN比 エネルギー比型SN比とは (その1)

更新日

投稿日

1. エネルギー比型SN比

 
 エネルギー比型SN比1)2)は、品質工学における新しい評価尺度であり、SN比の比較対象間でデータの数や信号値の大きさが異なる場合でも、公平な比較が可能です。実務者にとって従来のSN比の制約を気にしながらケースバイケースで使いこなすのは煩雑で、間違いの原因ともなります。本稿では、従来のSN比の課題を具体例でひも解きながら、エネルギー比型SN比の数理や利点を解説し、エネルギー比型SN比の計算例とともにその活用成果を解説します。
 
 

2. 技術評価におけるSN比

 

2.1. 従来のSN比

 
 品質工学3)におけるSN比を概説します。品質工学がめざす「社会的損失の最小化」や「技術開発の効率化」を実現するためには、設計・開発の初期段階で、対象の機能(技術的な働き)の安定性を効率よく評価(機能性評価)することを中心におきます。 製品が出荷されたあとの使用段階において、さまざまなお客様の使用条件、環境条件に対して安定な製品を作り、送り出すことで、故障や公害にかかわるコストや損失を最小化します。あわせて、そのような安定な製品は、社内の製造や試験での手戻りも起こりにくく、開発や生産の効率化にも寄与します。
 
 品質工学におけるSN比は、前記の機能の安定性の尺度(ものさし)です。お客様の使用条件・使用環境の組み合わせを模擬した条件(ノイズ因子またはノイズ因子)を印加した場合に、対象の機能の出力がどれくらいばらつくのか、変動するのかの尺度です(図2.1.1)
 
QC
図2.1.1  動特性(ゼロ点比例式)のデータモデル
 
 求めるべき誤差(ノイズ因子の影響と偶然誤差)は、出力の大きさに比例すると考えて、標準条件y=βMからのばらつきσ(偏差2乗和)を機能の入出力の傾きβで割った、式2.1.1で計算されます(※計算は2乗で行われます)品質工学のSN比は「傾きβを1に校正したときの誤差分散」という当初の計測法の評価思想4)が表われた定義です。
 
QC
式2.1.1
 
 式2.1.1の分母はβで、基準化(校正)されたばらつきをあらわしたもので、機能の安定性の悪さを示しています。SN比は良さを表す尺度のため、全体の逆数をとっています。これが品質工学における、動特性(入力と出力がある場合)のSN比の定義です5)なお、以下のSN比もすべて真数で示しますすが、計算例では、10 log η 真数 (db) を用いています。
 

2.2. 従来のSN比の課題(1) ~信号の大きさによる影響~

 
 図2.1.1から分かるように、ばらつきσの大きさは傾きβだけではなく、出力の大きさそのものにも影響を受けるため、入力信号Mの大きさは、比較対象間でそろえておかなければなりません。
 
 SN比、1/(σ22)=β22の次元を考えると、[y2/M2]/[y2]=[1/M2] であるので、従来のSN比は入力信号Mの-2乗の次元をもっています。したがって、入力信号が2倍になると、SN比は1/4小さく表示されることになります。機能の安定性の尺度となるばらつきσの変化率が同等でも、SN比の表示値が、入力信号Mの大きさ(範囲)によって変わってしまうことは、従来SN比使用上で留意しておく必要があります。
 
 次回以降に示す課題も含めて、従来のSN比で使用上の留意点があることはあまり知られていません。比較対象間で入力信号の大きさが異なるなどの場合(そうならざるを得ない場合)に実務上での対処方法は明示されておらず、「技術者が自己責任で考えて対処すべきもの」として、各事例での個別判断にゆだねられていたと考えます。
 
【参考文献】
1) 鐡見, 太田, 清水, 鶴田:「品質工学で用いるSN比の再検討」 『品質工学』 18, 4, (2010)p80-88
2) 鶴田, 太田, 鐡見, 清水:「新SN比の研究(1)~(5)」 『第16回品質工学研究発表大会論文集』
                                                                                                           (2008)p.410-429
3) 田口, 矢野, 品質工学会:『品質工学便覧』 日刊工業新聞社, (2007)
4) 田口玄一: 「22章 計測法のための実験計画とSN比」 『第3版実験計画法』 (1977)p.611-618
5) 田口, 横山:『ベーシックオフライン品質工学』 日本規格協会 (2007)p.57-71.

◆関連解説『品質工学(タグチメソッド)とは』

 
 

◆関連解説『品質工学(タグチメソッド)とは』

...

1. エネルギー比型SN比

 
 エネルギー比型SN比1)2)は、品質工学における新しい評価尺度であり、SN比の比較対象間でデータの数や信号値の大きさが異なる場合でも、公平な比較が可能です。実務者にとって従来のSN比の制約を気にしながらケースバイケースで使いこなすのは煩雑で、間違いの原因ともなります。本稿では、従来のSN比の課題を具体例でひも解きながら、エネルギー比型SN比の数理や利点を解説し、エネルギー比型SN比の計算例とともにその活用成果を解説します。
 
 

2. 技術評価におけるSN比

 

2.1. 従来のSN比

 
 品質工学3)におけるSN比を概説します。品質工学がめざす「社会的損失の最小化」や「技術開発の効率化」を実現するためには、設計・開発の初期段階で、対象の機能(技術的な働き)の安定性を効率よく評価(機能性評価)することを中心におきます。 製品が出荷されたあとの使用段階において、さまざまなお客様の使用条件、環境条件に対して安定な製品を作り、送り出すことで、故障や公害にかかわるコストや損失を最小化します。あわせて、そのような安定な製品は、社内の製造や試験での手戻りも起こりにくく、開発や生産の効率化にも寄与します。
 
 品質工学におけるSN比は、前記の機能の安定性の尺度(ものさし)です。お客様の使用条件・使用環境の組み合わせを模擬した条件(ノイズ因子またはノイズ因子)を印加した場合に、対象の機能の出力がどれくらいばらつくのか、変動するのかの尺度です(図2.1.1)
 
QC
図2.1.1  動特性(ゼロ点比例式)のデータモデル
 
 求めるべき誤差(ノイズ因子の影響と偶然誤差)は、出力の大きさに比例すると考えて、標準条件y=βMからのばらつきσ(偏差2乗和)を機能の入出力の傾きβで割った、式2.1.1で計算されます(※計算は2乗で行われます)品質工学のSN比は「傾きβを1に校正したときの誤差分散」という当初の計測法の評価思想4)が表われた定義です。
 
QC
式2.1.1
 
 式2.1.1の分母はβで、基準化(校正)されたばらつきをあらわしたもので、機能の安定性の悪さを示しています。SN比は良さを表す尺度のため、全体の逆数をとっています。これが品質工学における、動特性(入力と出力がある場合)のSN比の定義です5)なお、以下のSN比もすべて真数で示しますすが、計算例では、10 log η 真数 (db) を用いています。
 

2.2. 従来のSN比の課題(1) ~信号の大きさによる影響~

 
 図2.1.1から分かるように、ばらつきσの大きさは傾きβだけではなく、出力の大きさそのものにも影響を受けるため、入力信号Mの大きさは、比較対象間でそろえておかなければなりません。
 
 SN比、1/(σ22)=β22の次元を考えると、[y2/M2]/[y2]=[1/M2] であるので、従来のSN比は入力信号Mの-2乗の次元をもっています。したがって、入力信号が2倍になると、SN比は1/4小さく表示されることになります。機能の安定性の尺度となるばらつきσの変化率が同等でも、SN比の表示値が、入力信号Mの大きさ(範囲)によって変わってしまうことは、従来SN比使用上で留意しておく必要があります。
 
 次回以降に示す課題も含めて、従来のSN比で使用上の留意点があることはあまり知られていません。比較対象間で入力信号の大きさが異なるなどの場合(そうならざるを得ない場合)に実務上での対処方法は明示されておらず、「技術者が自己責任で考えて対処すべきもの」として、各事例での個別判断にゆだねられていたと考えます。
 
【参考文献】
1) 鐡見, 太田, 清水, 鶴田:「品質工学で用いるSN比の再検討」 『品質工学』 18, 4, (2010)p80-88
2) 鶴田, 太田, 鐡見, 清水:「新SN比の研究(1)~(5)」 『第16回品質工学研究発表大会論文集』
                                                                                                           (2008)p.410-429
3) 田口, 矢野, 品質工学会:『品質工学便覧』 日刊工業新聞社, (2007)
4) 田口玄一: 「22章 計測法のための実験計画とSN比」 『第3版実験計画法』 (1977)p.611-618
5) 田口, 横山:『ベーシックオフライン品質工学』 日本規格協会 (2007)p.57-71.

◆関連解説『品質工学(タグチメソッド)とは』

 
 

◆関連解説『品質工学(タグチメソッド)とは』

   続きを読むには・・・


この記事の著者

鶴田 明三

独自の設計品質評価・改善メソッド“超実践品質工学”で、技術者の 成長を重視して徹底支援。大手電機メーカで23年間培った豊富な指導経験 で、御社製品と仕事の進め方の品質・生産性向上をお手伝いします。

独自の設計品質評価・改善メソッド“超実践品質工学”で、技術者の 成長を重視して徹底支援。大手電機メーカで23年間培った豊富な指導経験 で、御社製品と仕事の...


「品質工学(タグチメソッド)総合」の他のキーワード解説記事

もっと見る
【快年童子の豆鉄砲】(その126)タグチメソッドとは(2)

  3. 伊奈製陶(現INAX)におけるタイル製造の焼付工程の改善事例 1)はじめに 前回の【快年童子の豆鉄砲】(その125)タグチメ...

  3. 伊奈製陶(現INAX)におけるタイル製造の焼付工程の改善事例 1)はじめに 前回の【快年童子の豆鉄砲】(その125)タグチメ...


改善メカニズムの解明 品質工学による技術開発(その20)

  1. PDSAサイクルのSに位置付けられる改善メカニズムの解明 本解説シリーズの(その15)独自技術事業化を目指した技術開発からLI...

  1. PDSAサイクルのSに位置付けられる改善メカニズムの解明 本解説シリーズの(その15)独自技術事業化を目指した技術開発からLI...


対数・指数関数の例 品質工学の動特性における安定性評価について(その4)

 品質工学の動特性における安定性評価について【 目 次 】    【その1】     1. 動特性とは    2. 繰り返しデータの事例でのSN比と感...

 品質工学の動特性における安定性評価について【 目 次 】    【その1】     1. 動特性とは    2. 繰り返しデータの事例でのSN比と感...


「品質工学(タグチメソッド)総合」の活用事例

もっと見る
狩野モデルで説明する品質工学(その2)

【目次】 ▼さらに深く学ぶなら!「品質工学」に関するセミナーはこちら! 品質工学会の技術向上委員会で品質工学とその関連分野の用語を...

【目次】 ▼さらに深く学ぶなら!「品質工学」に関するセミナーはこちら! 品質工学会の技術向上委員会で品質工学とその関連分野の用語を...


CS-T法を起点とした技術開発プロセスとは、乗用車用エンジンの技術開発事例

▼さらに深く学ぶなら!「品質工学」に関するセミナーはこちら! 機能を起点に形を考案するというプロセスの成功例として,品質工学会でも多くの方々に大きな...

▼さらに深く学ぶなら!「品質工学」に関するセミナーはこちら! 機能を起点に形を考案するというプロセスの成功例として,品質工学会でも多くの方々に大きな...


難易度の高い開発テーマに品質工学を活用して事業化まで成功するには

◆ 急がば回れ 品質工学のパラメータ設計は失敗したときこそ価値があるというように言われることがありますが,その意味を理解し,さらには納得するのは難し...

◆ 急がば回れ 品質工学のパラメータ設計は失敗したときこそ価値があるというように言われることがありますが,その意味を理解し,さらには納得するのは難し...