残留オーステナイトとは?マルテンサイトとの違い、サブセロ処理の効果を解説:金属材料基礎講座(その98)

更新日

投稿日

金属

【目次】

    1. 残留オーステナイトとは何か

     オーステナイト[1]を急冷するとマルテンサイト組織ができますが、Ms点、Mf点は炭素量によって温度が変化します。そのグラフを図1に示します。

     

    オーステナイト

     図1. Ms、Mf点と炭素量の関係

     

     炭素量が約0.6~0.7%になるとMf点が室温以下になります。そのため、焼入れしても鉄鋼材料全体がマルテンサイト組織にならずにオーステナイトが一部残ることになります。これを残留オーステナイトと呼びます。 

     

    (1)残留オーステナイトとマルテンサイトの違い

     Mf点は鋼の炭素量が増加すると低下するため、炭素量の高い鋼ほど残留オーステナイトが見られます。もし、残留オーステナイトもマルテンサイトにするときはサブゼロ処理という室温以下の温度に焼入れることによってマルテンサイト組織にすることができます。

     残留オーステナイトは時間の経過や応力などによってマルテンサイトに変態することがあります。すると寸法変化が起こります。これが残留オーステナイトの欠点です。また残留オーステナイトは強度が低く、組織的にも不安定な組織ですが、靭性もあるため割れなどを防ぐことができます。そのため残留オーステナイトを有効利用することもあります。

     

    2. 残留オーステナイトが材料特性に与える影響

    (1)多量の残留オーステナイトが存在する場合の利点

    残留オーステナイトは、金属材料、特に鋼において、熱処理や冷却過程で形成される相の一つです。多量の残留オーステナイトが存在する場合、いくつかの利点があります。まず、残留オーステナイトは、材料の靭性を向上させる効果があります。オーステナイトは高温での安定相であり、冷却時にマルテンサイトに変態することが一般的ですが、残留オーステナイトが多いと、マルテンサイトの脆性を緩和し、衝撃に対する耐性が向上します。これにより、材料が破損しにくくなります。

     

    次に、残留オーステナイトは、疲労強度を向上させることが知られています。オーステナイトは、変形に対して柔軟性を持つため、繰り返し荷重に対する耐性が高まります。これにより、長期間の使用においても、材料の性能が維持されやすくなります。

     

    さらに、残留オーステナイトは、耐食性を向上させる要因ともなります。オーステナイトは、特に高温環境下での酸化や腐食に対して優れた耐性を示すため、これが材料の寿命を延ばすことに寄与します。

     

    以上のように、多量の残留オーステナイトは、靭性、疲労強度、耐食性の向上に寄与し、金属材料の性能を全体的に向上させる重要な要素となります。

     

    (2)多量の残留オーステナイトが存在する場合の欠点

    残留オーステナイトについてのご質問ですね。多量の残留オーステナイトが存在する場合、いくつかの欠点が考えられます。

     

    まず、残留オーステナイトは、鋼の強度や硬度に影響を与える可能性があります。オーステナイトは高温で安定な相ですが、冷却過程でマルテンサイトに変態しない場合、強度が低下することがあります。これにより、材料の耐摩耗性や耐疲労性が劣ることがあります。

     

    次に、残留オーステナイトは、材料の靭性にも影響を与えます。特に低温環境下では、オーステナイトが脆化しやすく、破壊のリスクが増加します。また、残留オーステナイトは、腐食環境においても問題を引き起こすことがあります。オーステナイトは、特定の条件下で腐食しやすく、これが材料の寿命を短くする要因となります。

     

    最後に、残留オーステナイトの存在は、加工性にも影響を与えることがあります。特に熱処理や機械加工の際に、予期しない変形や割れが生じることがあります。これらの理由から、残留オーステナイトの管理は、金属材料の性能を最大限に引き出すために重要です。

     

    3. サブゼロ処理とは

    サブゼロ処理とは、金属材料、特に鋼に対して行われる熱処理の一種で、通常は−70℃から−196℃の低温で行われます。この処理の目的は、鋼の内部構造を改善し、機械的特性を向上させることです。具体的には、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を促進し、残留オーステナイトを転化させることで、硬度や耐摩耗性を向上させます。また、内部の応力を緩和し、疲労強度を高める効果もあります。サブゼロ処理は、特に工具鋼や高強度鋼において、その性能を最大限に引き出すために重要な工程です。

    (1)サブゼロ処理のメカニズム

    サブゼロ処理は、金属材料、特に鋼において残留オーステナイトを除去するための効果的な手法です。オーステナイトは、鋼の高温相であり、冷却過程でマルテンサイトに変態しますが、冷却が不十分な場合、残留オーステナイトが残ることがあります。この残留オーステナイトは、材料の強度や硬度を低下させる要因となります。

     

    サブゼロ処理では、鋼を-78.5℃(液体窒素の温度)などの低温に冷却します。この低温環境下では、残留オーステナイトがマルテンサイトに変態しやすくなります。具体的には、オーステナイトが低温で安定性を失い、マルテンサイトに変わることで、残留オーステナイトが減少します。

     

    さらに、サブゼロ処理は、内部応力の緩和や、微細構造の改善にも寄与します。これにより、材料の耐摩耗性や靭性が向上し、全体的な性能が向上します。したがって、サブゼロ処理は、金属材料の特性を最適化するための重要なプロセスとなっています。

     

    (2)サブゼロ処理の効果

    • ①硬度の向上・・・ 残留オーステナイトが減少することで、マルテンサイトの割合が増え、全体的な硬度が向上します。
    • ②耐摩耗性の向上・・・ マルテンサイトは耐摩耗性が高いため、工具や部品の寿命が延びることが期待できます。
    • ③寸法安定性の向上・・・ 残留オーステナイトが減少することで、熱処理後の寸法変化が少なくなり、製品の精度が向上します。
    • ④ 靭性の改善・・・ 残留オーステナイトの減少により、材料の靭性が改善され、衝撃に対する耐性が向上します。
    • ⑤疲労強度の向上・・・ 残留オーステナイトが少ないことで、疲労強度が向上し、繰り返し荷重に対する耐性が増します。
    • ⑥腐食抵抗性の向上・・・ 残留オーステナイトが減少することで、腐食に対する抵抗性が向上する場合があります。

    これらの効果により、サブゼロ処理は金属材料の性能を大幅に向上させることができます。

     

    4. まとめ

    残留オーステナイトは、鋼の熱処理過程において、マルテンサイトに変態しきれなかったオーステナイトのことを指します。この残留オーステナイトは、鋼の機...

    金属

    【目次】

      1. 残留オーステナイトとは何か

       オーステナイト[1]を急冷するとマルテンサイト組織ができますが、Ms点、Mf点は炭素量によって温度が変化します。そのグラフを図1に示します。

       

      オーステナイト

       図1. Ms、Mf点と炭素量の関係

       

       炭素量が約0.6~0.7%になるとMf点が室温以下になります。そのため、焼入れしても鉄鋼材料全体がマルテンサイト組織にならずにオーステナイトが一部残ることになります。これを残留オーステナイトと呼びます。 

       

      (1)残留オーステナイトとマルテンサイトの違い

       Mf点は鋼の炭素量が増加すると低下するため、炭素量の高い鋼ほど残留オーステナイトが見られます。もし、残留オーステナイトもマルテンサイトにするときはサブゼロ処理という室温以下の温度に焼入れることによってマルテンサイト組織にすることができます。

       残留オーステナイトは時間の経過や応力などによってマルテンサイトに変態することがあります。すると寸法変化が起こります。これが残留オーステナイトの欠点です。また残留オーステナイトは強度が低く、組織的にも不安定な組織ですが、靭性もあるため割れなどを防ぐことができます。そのため残留オーステナイトを有効利用することもあります。

       

      2. 残留オーステナイトが材料特性に与える影響

      (1)多量の残留オーステナイトが存在する場合の利点

      残留オーステナイトは、金属材料、特に鋼において、熱処理や冷却過程で形成される相の一つです。多量の残留オーステナイトが存在する場合、いくつかの利点があります。まず、残留オーステナイトは、材料の靭性を向上させる効果があります。オーステナイトは高温での安定相であり、冷却時にマルテンサイトに変態することが一般的ですが、残留オーステナイトが多いと、マルテンサイトの脆性を緩和し、衝撃に対する耐性が向上します。これにより、材料が破損しにくくなります。

       

      次に、残留オーステナイトは、疲労強度を向上させることが知られています。オーステナイトは、変形に対して柔軟性を持つため、繰り返し荷重に対する耐性が高まります。これにより、長期間の使用においても、材料の性能が維持されやすくなります。

       

      さらに、残留オーステナイトは、耐食性を向上させる要因ともなります。オーステナイトは、特に高温環境下での酸化や腐食に対して優れた耐性を示すため、これが材料の寿命を延ばすことに寄与します。

       

      以上のように、多量の残留オーステナイトは、靭性、疲労強度、耐食性の向上に寄与し、金属材料の性能を全体的に向上させる重要な要素となります。

       

      (2)多量の残留オーステナイトが存在する場合の欠点

      残留オーステナイトについてのご質問ですね。多量の残留オーステナイトが存在する場合、いくつかの欠点が考えられます。

       

      まず、残留オーステナイトは、鋼の強度や硬度に影響を与える可能性があります。オーステナイトは高温で安定な相ですが、冷却過程でマルテンサイトに変態しない場合、強度が低下することがあります。これにより、材料の耐摩耗性や耐疲労性が劣ることがあります。

       

      次に、残留オーステナイトは、材料の靭性にも影響を与えます。特に低温環境下では、オーステナイトが脆化しやすく、破壊のリスクが増加します。また、残留オーステナイトは、腐食環境においても問題を引き起こすことがあります。オーステナイトは、特定の条件下で腐食しやすく、これが材料の寿命を短くする要因となります。

       

      最後に、残留オーステナイトの存在は、加工性にも影響を与えることがあります。特に熱処理や機械加工の際に、予期しない変形や割れが生じることがあります。これらの理由から、残留オーステナイトの管理は、金属材料の性能を最大限に引き出すために重要です。

       

      3. サブゼロ処理とは

      サブゼロ処理とは、金属材料、特に鋼に対して行われる熱処理の一種で、通常は−70℃から−196℃の低温で行われます。この処理の目的は、鋼の内部構造を改善し、機械的特性を向上させることです。具体的には、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を促進し、残留オーステナイトを転化させることで、硬度や耐摩耗性を向上させます。また、内部の応力を緩和し、疲労強度を高める効果もあります。サブゼロ処理は、特に工具鋼や高強度鋼において、その性能を最大限に引き出すために重要な工程です。

      (1)サブゼロ処理のメカニズム

      サブゼロ処理は、金属材料、特に鋼において残留オーステナイトを除去するための効果的な手法です。オーステナイトは、鋼の高温相であり、冷却過程でマルテンサイトに変態しますが、冷却が不十分な場合、残留オーステナイトが残ることがあります。この残留オーステナイトは、材料の強度や硬度を低下させる要因となります。

       

      サブゼロ処理では、鋼を-78.5℃(液体窒素の温度)などの低温に冷却します。この低温環境下では、残留オーステナイトがマルテンサイトに変態しやすくなります。具体的には、オーステナイトが低温で安定性を失い、マルテンサイトに変わることで、残留オーステナイトが減少します。

       

      さらに、サブゼロ処理は、内部応力の緩和や、微細構造の改善にも寄与します。これにより、材料の耐摩耗性や靭性が向上し、全体的な性能が向上します。したがって、サブゼロ処理は、金属材料の特性を最適化するための重要なプロセスとなっています。

       

      (2)サブゼロ処理の効果

      • ①硬度の向上・・・ 残留オーステナイトが減少することで、マルテンサイトの割合が増え、全体的な硬度が向上します。
      • ②耐摩耗性の向上・・・ マルテンサイトは耐摩耗性が高いため、工具や部品の寿命が延びることが期待できます。
      • ③寸法安定性の向上・・・ 残留オーステナイトが減少することで、熱処理後の寸法変化が少なくなり、製品の精度が向上します。
      • ④ 靭性の改善・・・ 残留オーステナイトの減少により、材料の靭性が改善され、衝撃に対する耐性が向上します。
      • ⑤疲労強度の向上・・・ 残留オーステナイトが少ないことで、疲労強度が向上し、繰り返し荷重に対する耐性が増します。
      • ⑥腐食抵抗性の向上・・・ 残留オーステナイトが減少することで、腐食に対する抵抗性が向上する場合があります。

      これらの効果により、サブゼロ処理は金属材料の性能を大幅に向上させることができます。

       

      4. まとめ

      残留オーステナイトは、鋼の熱処理過程において、マルテンサイトに変態しきれなかったオーステナイトのことを指します。この残留オーステナイトは、鋼の機械的特性に影響を与え、特に靭性や耐摩耗性を向上させる一方で、硬さや強度を低下させる要因ともなります。マルテンサイトは、急冷によって形成される硬くて脆い相であり、残留オーステナイトとは異なり、より高い強度を持っています。サブセロ処理は、残留オーステナイトをマルテンサイトに変換するための効果的な手法であり、冷却温度を低く設定することで、残留オーステナイトの量を減少させ、鋼の全体的な性能を向上させることができます。このように、残留オーステナイトとマルテンサイトの違いを理解し、サブセロ処理を適切に活用することで、金属材料の特性を最適化し、さまざまな用途に応じた高性能な鋼を実現することが可能です。

       

       次回に続きます。

       【用語解説】 

       [1]オーステナイト(austenite)は、鉄のγ鉄に炭素や合金元素などの他の元素が固溶したもの。イギリスの冶金学者ロバーツ・オーステンによって発見され、オーステナイトという名称は彼の名前に由来する[2]。現在ではあまり使用されないが、組織形状が田んぼに似ていることから、日本の冶金学者本多光太郎による大洲田という漢字の当て字がある。(引用:Wikipediaから、https://ja.wikipedia.org/、最終更新  2021年3月14日 (日)  )。

       

      ◆【関連解説:金属・無機材料技術】

         続きを読むには・・・


      この記事の著者

      福﨑 昌宏

      金属組織の分析屋 金属材料の疲労破壊や腐食など不具合を解決します。

      金属組織の分析屋 金属材料の疲労破壊や腐食など不具合を解決します。


      「金属・無機材料技術」の他のキーワード解説記事

      もっと見る
      圧延とは

        厚みを薄くする圧延ですが、圧延材に発生する欠陥などを中心に、今回は圧延の概要を解説します。   1.  冷間圧...

        厚みを薄くする圧延ですが、圧延材に発生する欠陥などを中心に、今回は圧延の概要を解説します。   1.  冷間圧...


      JIS G4053 機械構造用合金鋼鋼材 SNC:金属材料基礎講座(その109)

             機械構造用合金鋼鋼材のニッケルクロム鋼の化学成分を表1に示します。ニッケルとクロムはそれぞれ鋼...

             機械構造用合金鋼鋼材のニッケルクロム鋼の化学成分を表1に示します。ニッケルとクロムはそれぞれ鋼...


      真応力ー真ひずみ  金属材料基礎講座(その35)

         今回は、真応力ー真歪みについてです。アルミニウム合金などを引張試験した時の応力-歪み線図を下図に示します。  鉄鋼材料のように明確な降...

         今回は、真応力ー真歪みについてです。アルミニウム合金などを引張試験した時の応力-歪み線図を下図に示します。  鉄鋼材料のように明確な降...


      「金属・無機材料技術」の活用事例

      もっと見る
      ゾルゲル法による反射防止コートの開発と生産

       15年前に勤務していた自動車用部品の製造会社で、ゾルゲル法による反射防止コートを樹脂基板上に製造する業務の設計責任者をしていました。ゾルゲル法というのは...

       15年前に勤務していた自動車用部品の製造会社で、ゾルゲル法による反射防止コートを樹脂基板上に製造する業務の設計責任者をしていました。ゾルゲル法というのは...


      金代替めっき接点の開発事例 (コネクター用貴金属めっき)

       私は約20年前に自動車用コネクターメーカーで、接点材料の研究開発を担当していました。当時の接点は錫めっきが主流でした。一方、ECU(エンジンコントロール...

       私は約20年前に自動車用コネクターメーカーで、接点材料の研究開発を担当していました。当時の接点は錫めっきが主流でした。一方、ECU(エンジンコントロール...