クリーン化について、人財育成に触れています。今回のその4は、人を育てるにはです。
【この連載の前回:クリーン化について(その98)人財育成(その3)へのリンク】
◆人を育てるには基本から
これまで育ってきた環境はみな違います。だからその人が持っている知識、技術、技能もみな違います。どこまで身に着けていて、どこから始めるのか、個人個人違うことを理解し指導したい。基本から指導するとは、そういうことだと思う。
様々な場面でクリーン化に接しても、表面だけをサラッと舐めて、都合の良いところだけを拾っている感じを受けることもあります。多分、こういうことだろうとの思い込みでやっているのだと感じます。
例えば、クリーン化4原則にしても、会話中に話が食い違うことがあります。
よく聞いてみると、クリーン化4原則と非核3原則と混同している人もいた。成果主義もそうだが、基本ができていないのに、成果を要求されることもある。すると表面だけの数字やデータになってしまうかも知れない。深く考えることができないのだと思う。
“基本がないのに応用問題を解いてみよう。四則計算がきちんとできないのに方程式を解いてみよう”。そして不確かな結果が出ると言うことに繋がってしまうのではないだろうか。この基本の大切さは、学問の世界でも最近よく言われる。基礎研究の大切さである。
基礎研究が十分できない環境になって来た。これから先、ノーベル賞の受賞者も少なくなるだろうと言われている。上司は部下を正しく評価できるか、それが部下の将来にも影響するのです。
最近は成果主義を取り入れる企業も多くなった。数字やデータでの報告を求められ、評価されるのです。これはクリーン化では、なかなかそうはいかない。日々地道な活動を続け、やがて効果、成果が出る。その過程の努力を評価してもらいたい。
しかし、日々の活動の継続を訴えてもなかなか評価してもらいにくい。そしてクリーン化担当はあまり評価されないと感じている。努力を認めてもらえないのでやり手がいないという連鎖になる。その結果、数字やデータで成果を表現しやすい仕事になびいてしまう。
私が若い時、後継者を早めに養成しておく必要を感じ、色々と声をかけてみたことがある。
ところが、クリーン化担当は昇格、昇進はないでしょう。現場で職制として昇格していく方が良いと言って断られることが多々あった。私が現場を這いずり回っていた時も、”クリーン化なんか”という管理職も少なくはなかった。上から目線という感じを受けることも多々あった。
開発や設計部門なども現場とに距離を感じているのだろう、興味を示さない。ところが微細な製品ほど、ゴミによる品質問題が起きるのです。そこで、「現場はしっかりせい!」ということになる。水面下のことはあまり評価されないのです。
私は、損得ではなく、クリーン化の重要性を真剣に考えていた。そしてやりがいを感じ、ずっと続けたいという思いがあった。この水面下のことに何とか光を当てたい。大切にしたい。そういう人を育てたいと思っている。
成果主義は数字やデータ、他者との比較という機械的な評価ではなく、成果を出しやすいように導くためのツールにしてもらいたい。これが人財育成だと思う。ここが抜けてしまうと、ただの圧力になってしまう。これは翻って、その上司の資質が評価される場でもある。
こんな例がある。
今期は一生懸命頑張り成果も出した。良い評価がされるだろうと思っていた。ところが期末の面談で、「あなたは頑張ったようだ。でもあなたより頑張った人がいる」 と言ってあまり良い評価をしてもらえなかった。しかも自分より頑張ったという人を見ると、そうは思えない。そしてやる気を失ったという例です。
他の人と比較し、優劣をつけ、そして順番をつけるのではなく、その本人を良く見、そこで指導をし、納得してもらうのも上司の役目です...